FERRARI F355 vs FERRARI F512M
かつて「日本一のフェラーリ遣い」と呼ばれた太田哲也が、1993年から1997年にかけて試乗した数々の貴重な跳ね馬のインプレッションを、当時の興奮をそのままにお届けします。
今回は、フィオラーノサーキットでF355で512Mを追いかけるというなんとも贅沢なインプレッションです。

380馬力と440馬力、どっちが速いか。こんな質問なら幼稚園生でも応えられそうだ。じゃ、12気筒マシンと8気筒マシンだったらどうか。単純にパワーだけの比較なら、12気筒のクルマのほうが速いだろうが、これに重量、車両サイズ、タイヤサイズ、ハンドリングなどの要素が加わると、質問に応えるのは簡単じゃない。
ずばり尋ねよう。フェラーリのニューモデル、8気筒エンジンを搭載したF355と12気筒エンジンを搭載したF512M、いったいどっちが速いのか。
F512Mの影は薄らいだのか?
今年の6月に発表されたF355は、確かに、そのスタイリングに前モデル、348のイメージを引き継いでいるものの、決して348のマイナーチェンジではなく、完全なるニューモデルである。
エンジンはV8DOHC40バルブ、総排気量3.5Lでパワーは348から68PSもアップ、380PSを発揮。さらに、ギアボックスやブレーキも格段に良くなっていた。そしてボクが何よりも驚いたのは、ぐっと進化していたハンドリングだった。
ティーポ9月号『限界インプレッション』で報告した通り、実際にF355のステアリングを握って、フィオラノで丸一日過ごした日から、ボクはF355の虜になったと言っても過言ではない。
その後いろいろな雑誌媒体でF355の凄さが報告されるようになると中にはフェラーリのフラッグ・シップである512TRの存在価値を危ぶむ乱暴な声さえも聞こえたりして、きっとエンツォ・フェラーリも天国で複雑な気持ちで日々を送っていたことだろう。
ボクにしても、12気筒ならではの素晴らしさや存在意義は間違いなく感じるものの、F355の方が、サーキットを走ったら速いような気もするし、そうなると512TRの影が薄くなってしまうように感じていたのも事実である。
そうしたところで、10月のパリ・サロンでF512Mが登場した。こちらは512TRのマイナーチェンジ版で、リトラクタブル・ヘッドランプを廃止し有機的な顔となって、外見のイメージは大きく変わったが、機構上の変更点はそれほど多くはない。エンジンパワーは512TRから15馬力程のアップに留めたが、車重は195kgも軽くなっている。
エンジン・パワーで比較すると、F512MがF355より60馬力、トルクでは14.0kgmのマージンを持つが、加速、減速に関してはF512Mが195kgと軽くなったとは言え、依然105kgも重いからF355の方が有利そうだし、F512Mが、4480×1976mmのビッグサイズであるのに対して、F355が4250×1900mmとコンパクトであることを知ると、どう考えてもF355の方が機敏そうに思える。そして何よりもF355のハンドリングに関しては、まるでライトウエイト・スポーツのようなフットワークの良さを、ぼくはフィオラノやSUGOサーキットでも確認している。こうなるとF512Mはうかうかしていられない。
そういうことがあって、F355に頑張って欲しいような、それでいて、F512Mにも負けてほしくないような、ボクは興味津々で、先月、F512Mに会うためフィオラノに向かったんだ。そして前号の「限界インプレッション」でお伝えしたとおり、F512Mの走りは、ジミ〜な部分の熟成により、前モデルの512TRより、またぐぐぐっと進化していた。
で、実際のところどっちが速かったのか、というのが、今回のテーマだった。
F355対F512Mのバトル
フィオラノ・テストトラックは全長3km、アップダウンがあり、それぞれ表情の違う大小14個のコーナーを配して、広くはないが攻めがいのある巧みなコースレイアウトだ。
とってもタイトな2ヵ所のヘアピンは、ぐいっと回り込んでいて、箱根のタイトコーナーのようだ。F355やF512Mで走っていても、2速では回転が落ち込んでしまい、つい1速にぶち込みたくなる。モナコのヘアピンをイメージしているらしく、実際にフェラーリF1はここを1速で走るらしい。コース幅も狭く、どちらかと言うと、小さなF355に有利なレイアウトと言える。
ここで、あるシミュレーションを展開してその時の両者のタイムとフィーリングをもとに、ぼくがフィオラノでテストした2台を対決させてみよう。
スタートラインには2台のフェラーリが並んでいる。黄色いF355と真紅のF512Mだ。
ステアリングを握っているのは、2人とも腕やドライビング・スタイルが全くボクと同じドライバーだ。腕に差はない。コーナーの各所には、TVカメラが設置されているから、みんなはレースの模様を、コントロール・センターのモニター画面でチェックすることができる。
グリーン・シグナルが点灯。と同時に2台は同時にスタートを切った。
最初に飛び出したのは、F355だ。やはり軽いからだろう。1車身、F512Mをリードした。1速から2速にシフトチェンジ。1-2速間で速いシフト操作が苦手なF512Mを、ダブル・コーンシンクロで1、2速を武装したうえ、シフト・ストロークも小さくなったF355がさらにリードを広げようとする。
しかし、そこから先の中間加速では、F512Mの12気筒パワーが炸裂、パワーに任せてF355を追撃する。スタートから400メートル地点を2台が通過。僅かにF355がリードしているが、その差はほとんどない。
1コーナーが迫る。F512Mが先にブレーキングを開始。F355との差が一瞬で、パッと開く。F355もブレーキング。5速、4速、3速、2速とシフトダウン、クオン、クオン、クオンとヒール&トウでアクセルを吹かすエクゾーストノートがテストトラックにこだまする。
タイトな2コーナーに向けてステアリングを大きく切り込む。鼻先がぐっと入り込むF355に比べて、追いかけるF512Mのそれは幾分おおらかな様子だ。タイトコーナーの脱出速度は、明らかに軽量なF355の方が機敏で、F512Mとの差が広がる。F512Mのドライバーのほぞを噛んだ表情がモニター画面から見て取れるだろうか。
3速で4コーナーをクリアした後、2台の間隔は一定のまま、6コーナー入り口で激しくブレーキング。立体交差を下り、このコースで最もきついヘアピンに向かう。ブレーキング・ポイントはF355の方が明らかに奥まで我慢できる。立ち上がり加速でも、またF512Mとの差を広げにかかる。
ここまではタイトターンの連続で、F355に有利なコースレイアウトだった。しかしこの先は、中高速コーナー主体の高速ベントである。ここまでF355に遅れをとっていたF512Mは、フラッグシップモデルのプライドを傷付けられて怒り心頭に達したかのようにテールを激しくスライドさせ、そこから猛然とスパートを始める。ここからだ、F512Mが本領を発揮し、反撃に出るのは。3速にシフトアップし、高速第1コーナーに突入する。F355のドライバーは、テールを大きく振り出さないように細心の注意を払って、丁寧にスロットルを開け、4輪ドリフトでカウンターを当てている。
その背後からF512Mのドライバーも、同様に4輪ドリフトで抜けているが、その顔には心なしか余裕が感じられる。F512MはタイトコーナーではF355のような機敏さを欠いていたが、その反面安定度が高く、こうした高速コーナーは得意科目なのだ。ホイールベースがF355より100mmも長いから、そのイメージから受ける印象と違って、意外なことに、テールが大きくスライドしたときも、滑り方はF355よりもマイルドでコントロールが思ったより楽なのだ。それだけ大きくスロットルを踏み込める。高速カーブを抜けると、2台のその差は明らかに詰まっている。
最終コーナーに差しかかるところでは完全に2台は横に並ぶ。イン側をキープして、必死にブロックするF355。ブレーキング。F355が僅かにその差を開くが、ここはヘアピンほどきつくないから、もう立ち上がりでは、F355にマージンはない。同じ速度で最終コーナーを脱出、さあいよいよ最後のストレートだ。
2速、3速、4速、とシフトアップ。F355の背後からF512Mがぐんぐん伸びてくる。立体交差の下でF355のスリップストリームから抜けたF512Mが真横に並ぶ。同時にフィニッシュラインを通過………。
それぞれに違う速さと楽しさの質
ボクの予想に反してF355とF512Mの1周タイムは、同タイムだった。でも、ある地点ではF355が速かったり、またある地点ではF512Mが圧倒していたりして、両者の「速さの質」には大きな違いがあった。このレースを続けたらどうなるだろうか。次の周にはF512MがF355をストレートでぶち抜くのは間違いない。その後はF512Mが前、F355が後ろというレース展開で、熾烈な戦いは続くだろう。ストレートと高速コーナーが速いF512MをF355が抜くチャンスはそう暫くはないはずだ。しかし周回を重ねると、F512Mの方が重いので、先にブレーキの効きが甘くなるだろうから、その時はF355にチャンスが到来する。
これが日光サーキットのようなもっとタイトなコースならば、F355が圧倒するだろうし、FISCOのような高速コーナーだとしたら、F512Mの方が速いだろう。つまり「速さの質」が違うのだ。と同時にボクが感じたのは、「楽しさの質」も違うということだ。やっぱり、もたもたするところでは楽しさは半減するし、得意なところではわくわくしてくる。
つまるところ、8気筒モデルには8気筒モデルの良さがあり、12気筒モデルには12気筒モデルの違った価値があるということか。先日ボクは鈴鹿サーキットをF512Mで走って高速コーナリングを堪能した後、そのまま名神高速で東京への帰途についたのだが、改めて、F512Mの気持ち良さに酔い痴れた。きっとそのステージがF512Mにぴったりと合っていたからだろう。F355が登場したからといってフラッグシップの影は決して薄らいでいたわけではないのだ。












