FERRARI 328GTB改
かつて「日本一のフェラーリ遣い」と呼ばれた太田哲也が、1993年から1997年にかけて試乗した数々の貴重な跳ね馬のインプレッションを、当時の興奮をそのままにお届けします。
今回は、伝説のチューナー、アイディングがエンジンを手掛けたフェラーリ328GTBです。

328は10年前に登場したクルマだ。単純にエンジンパワーから見ても、足まわりやボディの熟成度という点から見ても新しいモデルと比べたら分が悪いのはしかたない。
しかし、ここに旧くなった328で348よりも速く走りたい、という明確な意志を持って作り上げられた328改がある。細かい部品のひとつひとつにさえ妥協せずにモディファイを繰り返してきた結果、そのコストは348を買える金額を超えてしまったという。
その328改のオーナーは、フェラーリのマニアには良く知られたフェラーリ社公認のボディ・ショップ、アライ鈑金の荒井克延氏である。全損に見えるF40さえジグにかけ、直してしまう程のスゴ腕の持ち主だが、実はモディファイにかけても相当のこだわりを持った人だ。その彼が5年がかりでモディファイを施してきたアライスペシャル328GTB。そのクルマを菅生サーキットで試乗し、僕は金額では計れない価値というものが世の中にはあるものだと痛感したのだった。
速さは348を凌駕する!!
センターコンソール上のイグニッションをON、燃料ポンプ・スイッチをON、スターター・スイッチを押す。一瞬くぐもった後、V型8気筒DOHC32バルブが乾いた音を立てて目覚めた。このエンジンはBMWなどのチューニングで有名なアイディングの手によるもので、ノーマルの3185cc/270PSから3486ccにスープ・アップされ340PSの最高出力と30.2kg-mの最大トルクを発揮しているという。
プリッピングをくれてみる。10.5に圧縮比が高められたV8ユニットには、サーキット走行用に触媒なしのチタンマフラーが装着されていることもあって、高回転で吸い込まれるように軽く吹け上がっていく。
アルミ製の球形シフトシブを手前に引き1速に入れる。クラッチをリリースして菅生のコースに踊り出た。第2コーナーを3速で下り、ヘアピン手前でヒール&トゥを使って2速にシフトダウン。左に曲がってアウト側の縁石を右足で誇跨ぎ、3速にシフトアップしてS字を駆け上がる。
軽い! なにもかもが軽い。アイディング・チューンのV8ユニットは、中速域から一段と弾みがつき、あっという間にレブ・リミットの8300rpm!(ノーマルは7200rpm)まで一気に吹け上がる。リミッターを外せば9000rpmまで回ってしまいそうだ。回せば回すほど活気づき、それにつれて独特の魅惑的なサウンドが高鳴っていく。もともとフェラーリのエンジンはノーマルでもそうした性質だが、さらにそのキャラクターが大きく増幅されている。
軽いのはエンジンの吹け上がりだけではない。アイディング・チューンのエンジンは高回転型なので、低回転ではパワーバンドに乗りにくいのだが、それにもかかわらずS字を3速で抜けきつい登りをぐいぐいと加速していく。同じS字コーナーで348チャレンジではパワーバンドに乗せるため2速を選ぶことを余儀なくされるのに比べると、328改が大幅に軽量化されていることを実感できる。
エンジン・フードはオリジナルのスチール製のものからカーボン製に交換され14kgほど軽量化。ドアもファイバー製に作り替え、F40コンペティツィオーネのアクリル製のスライド・ウインドを使用し、合わせて40kgの軽量化が図られている。その他エアコンや内張を外したり、OMP製のカーボン・バケットシートやF40用のラジエーターに交換したりして、全体で約145kgの軽量化が施されている。オーナーが自らの手で行った徹底的な軽量化が328改の実力を大きく高めているのだ。
ブレーキのストッピング・パワーも強力だ。バックストレートを5速250km/hで駆け抜け、馬の背コーナーの手前「150」の看板からググッと強くブレーキを踏み込む。ヒール&トゥを使って5速から4速、3速にシフトダウン。328改は路面にはりついたようにガクンとスピードを落としていく。F40から流用されたスリット入りの13インチ・ブレーキ・ローターとブレンボ製4ポッド・キャリパー、そしてパフォーマンス・フリクション製のカーボン・ディスクの組み合わせが強力無比のストッピング・パワーを生んでいる源であるのは間違いない。が、それ以上に強烈な制動力を328改に与えているのは、これもまたボディの軽さだ。それは、ブレーキング直前、アクセルを戻した瞬間にスピードがふっと抜けることからも感じられる。
サスペンションにも当然のことながら手が入れられている。アイディングのプロデュースにより減衰力が調整されたビルシュタイン製のダンパーと348用のコイル・スプリングの組み合わせ。ホイールは軽量な17インチのテクノマグネシオだ。
サーキット走行用に装着された348チャレンジ用ピレリ製スリックが路面を鷲掴みにし、グリップの限界の中であってもロードカーとしては信じられないような速度でコーナーを駆け抜けることができる。
サーキットとストリートを楽しめる
セッティングは荒井さん自らいろいろと変更し、トライしているそうだが、現在のセッティングは比較的ソフト気味で、特にフロントを柔らかくセットアップしているから、前輪のグリップが高く、ターンインの際、荷重を前輪にきっちり掛けなくてもアンダーステアが大きく出ることはない。
こうしたセッティングは、ワインディングなどではとても有効だ。ワインディングはブラインドカーブが多く、ぎりぎりの高い速度で進入することがなかなか難しいが、そうした場合でもアンダーが出にくいからだ。また当然一般路での乗り心地も良い。そしてサスペンションが大きくストロークするから挙動が掴みやすい利点もある。より万人向けとも言えるだろう。サーキットと一般路上での走りを両立させ、かつ誰でも手軽にサーキット走行を楽しめることを重視したオーナーの開発コンセプトには、確かにぴったり当てはまった仕上がりを見せている。
しかし、あくまでもサーキット走行を重視し、タイムを詰めるとなると、手を入れたい箇所もいくつか出てくる。
SPコーナーを抜け4速にシフトアップ、短いストレートを下って最終コーナーに向かう。入り口で触れるようなタッチで軽くブレーキングし、すぐに足をアクセルペダルに踏み変えてスロットルを開けながらコーナーに突入する。328改は車高が50mmも下げられているから、ここでの姿勢は安定している。
このコーナーは4速全開でクリアする菅生で一番の高速コーナーで、入り口は下りでもクリッピング・ポイント付近から急激に登っているから、登りはじめてからアクセルをあわてて開けても落ち込んだスピードは取り戻せない。速く走るためには、入口でできるだけスピードを落とさないようにぎりぎりのスピードで進入することが大切だ。しかしそのためには暴れまくるマシンをステアリングでねじ伏せて、それでもアクセルは強く踏み込んでいることが必要となる。328改でそうしたドライビングをすると、最大の横Gがかかるクリッピングポイント付近でアウト側のリア・サスペンションがゴゴッ、ゴゴッとボトミングし、その度にテールがツッツーッと飛び出してしまう。これが問題点の一つだ。
さらに各コーナーの立ち上がりで、フロントが柔らかいから逆にリアのトラクションが不足気味で、アクセルを強く開けていくとテールのスライド量が多く、必然的にカウンターステアの量も多くなる。まあそれはそれでクルマをコントロールする楽しさがあるのだけれど、タイムをロスしてしまうことにもなってしまう。クルマから下りてタイヤの磨耗具合を見てみると、ネガティブ・キャンパー角が前輪で2度30分、後輪で3度15分もついているにもかかわらず、アシが柔らかいからタイヤの内側が使い切れていない。つまり言い換えれば、それだけまだタイムアップの余地が残されているということだ。
この328改は今回、路面温度が高く、けっしてサーキット・コンディションが良くなかったにもかかわらず1分37秒の好タイムをマークした。これは同日に試乗した348チャレンジ(17インチ仕様)とほぼ同タイムである。セッティングをサーキット重視にすればさらに2、3秒ぽんとタイムが上がるだろうから、そうなると348チャレンジを軽くちぎってしまうだろう。これは驚くべきことだ。なにしろナンバー付きのロードカーなのだから、この328は。
PS. サーキットと一般路上での走りを両立させ、かつ誰でも手軽にサーキット走行を楽しめるようにしたい、というオーナーの開発コンセプトに基づいて生まれた328改。しかしこれだけ速いと、サーキット重視の足まわりでいったいどのくらい速くなるのかを知りたくなってくるのが人情だ。でもそう思っていたのはボクだけではなかったようだ。この原稿を書いている電話口で「今度はアシを固めてさらにフロントのレートを上げましたから、タイムを更新して下さい」とオーナーの荒井さん。来週また菅生サーキットに328改を持って行くと言う。こうした意思こそがモディファイの神髄と言えるのではないか。再会が楽しみだ。










