フェラーリ640を操る恐怖と快感! F1パイロットが超人である理由がわかる試乗レポート Part2

  • 太田哲也
2025.11.30

FERRARI 640

かつて「日本一のフェラーリ遣い」と呼ばれた太田哲也が、1993年から1997年にかけて試乗した数々の貴重な跳ね馬のインプレッションを、当時の興奮をそのままにお届けします。
今回は、1989年のF1でゲルハルト・ベルガーがハンドルを握ったフェラーリ640を、太田哲也が岡山国際サーキットで試乗したレポート、その後半をお届けします。

ブレーキングの凄さ

カーボン製ブレーキ・ローターの特性を考えるなら、中途半端な踏み方ではかえって効きが悪く命取りになる。サーボもないから踏み初めから躊躇せずガツンと強く踏み込んでローターの温度を上げる必要がある。そう自分に言い聞かせて第一コーナーに進入する。

スロットル・オフ。フェラーリ640は地面に張り付くように身をかがめ急激にスピードダウンしていく。減速Gでシートベルトが胸に食い込む。

「……!?」

まだブレーキは踏んでいない! スロットルを戻しただけなのに、だ……!

ダウンフォースが強烈でスロットルをオフしただけで、普通のスポーツカーでフル制動をしたような減速Gに襲われるのだ。フェラーリF355チャレンジのブレーキ・ポイントと同じ箇所でスロットルを戻してみると、ブレーキをかける前にスピードが落ち切ってしまい、ほとんどブレーキに触る程度で事足りてしまった。

2周目。7速1万4000rpm。およそ280km/h。コーナー入り口150m手前を意味する「150」の看板が通り過ぎる。もう少し奥まで我慢しなければ。息を止め、ボクの意思に反して勝手に持ち上がろうとする右足を無理やり突っ張る。「100」の看板に並んだところで蹴飛ばすようにブレーキを強く踏み込む。きつく締め込んであった6点式フルハーネスに体がごんとぶつかり、ヘルメットが前方にがくんとひきずりこまれ、背中にのしかかられたようなGで体がぐっと重くなる。

ブレーキングを続けながらヒール&トウを使って、7速から6速、5速、4速、3速、2速へとシフトダウン。ブレーキングなんていう通常の言葉で表現できるような、そんなに生易しいものではない。例えるなら何かに衝突したような、あるいは路面に粘着テープで貼り付いたような、そんな感覚だ。

ブレーキのコントロール性も凄い。自分の足で路面に触っているかのように、ブレーキ・ペダルの足裏に路面とタイヤの接地状況ががつがつとダイレクトに伝わってくる。

この信じられないような制動力を生む要因は、ドライバーを乗せた状態で600kgあまりの軽自動車よりも軽い車重と、最強のカーボン・ブレーキ、そして何よりもスカイラインGT-R 2台分以上の660PSのパワーを後ろ盾にドラッグによるスピードダウンを気にかけることなく可能となった強大なダウンフォースである。

F3000、特に日本のF3000(96年よりフォーミュラ・ニッポン)はコーナリングは速いがそれは主にタイヤのラバー・グリップが高いことによっていて、ダウンフォースはこれほどではない。

以前、Tipo誌上でもレポートしたロータス97Tのように、1985年当時1000馬力を発揮したターボF1は直線スピードや加速はむしろフェラーリ640よりも速かったろうが、コーナリング速度はぐっと見劣りした。640はダウンフォースを高めることで、直線よりも、ブレーキ性能とコーナリング性能を重視してラップタイムを刻んでいるのだ。

恐ろしいほどのコーナリング

大パワーのレーシング・カーを駆るには、常識を省みない豪胆さと針の穴に糸を通すような繊細な神経が必要である。特にスロットル・ワークにはミリ単位の丁寧な踏み方が要求される。もちろん640を駆るにもこのことを忘れていたわけではないのだが……。

4速で立ち上がるパイパー・コーナー。4速で立ち上がりスロットルを踏み込む。

「グギャーン」

突然、リアタイヤがホイール・スピン。テールがブレイク。とっさに逆ハンドルを切る。恐怖を感じる暇もなく、カウンターを当ててからヒヤリとした。後で聞いてみると、遠く離れたピットでも各コーナーでテール・スライドする度に、タイヤの悲鳴とエンジンのうなり声が聞こえたらしい。

容易に滑ってしまう直接の原因は、もちろんタイヤの状態にある。5年間動かしていなかったので、タイヤの軟化剤が抜けきってラバーが堅くなり、本来のグリップを発揮していないのだ。しかし、その根底には別の原因もある。

ロータス97Tは、ブーストが上がってターボが炸裂した領域では狂気のマシーンであったが、そこそこの速度で走らせてみると意外なほど扱いやすいマシーンだった。もちろんシャープなステアリングやドグ・ミッションに慣れは必要だが、それを習得すれば、多少のレース経験のあるドライバーなら、それなりのスピードで走らせることができるだろう。それはロータス97Tがダウンフォースだけでなくメカニカルグリップも重視していて、比較的しなやかにサスペンションが動くからだ。そういう足だと挙動を掴みやすく扱いやすい。

一方、現代のF1は、フラットボトムの空力効果を増大させ、ボディ下面から一定したダウンフォースを確保するため、車高をぎりぎりまで落とすととともに、常に一定のクリアランスを保つ事も必須条件としている。そのためにがちがちにサスペンションを固め、ストロークを大幅に規制する(足をできるだけ動かさない)セッティングが主流となっている。

フェラーリ640の足も現代のフォーミュラカーの「法則」にのっとっているから、ギャップや路面グリップの低下などの外力の影響を受けやすい。また限界を超えた際の滑り出しも唐突である。その代わりスピードが上がってダウンフォースが効いてくると、グリップの限界は限りなく高くなる。これは良いとか悪いとかの問題ではなく、乗りやすさよりも速さを最優先するコンペティション・フィールドからの要求なのだ。

F1パイロットの素晴らしさを痛感

F1の進化は目ざましい。速さを獲得するための手法が年々変化している。最強のカーボン・ブレーキ。高いコーナリング・スピードや安定したブレーキ能力を提供する強力なダウンフォース。そしてドライバーの負担を減らすセミオートマ。そうしたものを身に付けた現代のF1が、ドライバーがレースに占める要素を薄めている、という話を耳にしたりするが、それは当たらないと今回、640に試乗してみて思った。それどころか逆に、速さが増してドライバーの反応スピードや思考能力が人間の制御できる限界ぎりぎりのところまできていると感じた。超人的な体力、知力、テクニックに加えて、こうしたマシンを駆るには恐怖を克服するために自分に対する傲慢なほどの自信も必要だ。そうした資質を全て身に付けた一握りの人間だけが操縦することを許されるのだ。

人間のコントロールできるレベルを超越したマシンでバトルを繰り広げながら約1時間半も集中し、ミスをしないでゴールに到達するF1パイロット。彼らの素晴らしさを、今回実際にステアリングを握ってみて改めて痛感した。

▽フェラーリ640インプレッションの前半はこちら
視界が歪む加速とV12の咆哮──フェラーリ640 (1989) 渾身のサーキット試乗インプレッション Part1