FERRARI F355 CHALLENGE
かつて「日本一のフェラーリ遣い」と呼ばれた太田哲也が、1993年から1997年にかけて試乗した数々の貴重な跳ね馬のインプレッションを、当時の興奮をそのままにお届けします。
今回は、ワンメイクレース用のF355チャレンジと348チャレンジの違いを明らかにします。

フェラーリ・チャレンジ・カーのレギュレーション(車両規制)は、348、355とも共通で、エンジンは基本的にノーマル。チャレンジ・キットと呼ばれるレースに必要最低限の保安部品を組み込むことが義務付けられるが、サスペンションの形式変更は不可。自由となるのは車高を下げたり(約50mm)、セッティングを変更(ネガティブ・キャンバーの上限に348と355の違いがある)することのみ。ブレーキパッドをレース用に変更したり、ABSの回路を切ることは許されるが、パーツを取り外すことは認められない。純粋なレース専用マシンだが、スペックの上ではスタンダードのロードカーとの差は少ないし、もともとワンメイク・レース用のマシンというと入門用マシンとのイメージが強いが、だからと言ってチャレンジ・カーを甘く見ると痛い目に合う(人によっては嬉しくなる)。チャレンジ・カーのステアリングを実際に握ってサーキットを走ってみると、まるで本格的なレーシング・カーのようなのだ。
348チャレンジとF355チャレンジ
348チャレンジはコーナーの進入でステアリングを切った瞬間、ノーズが弾けるようにきれこんでいく。ミドシップ特有の美点だ。
Pゼロのロゴがサイドウォールに刻まれたピレリ製レーシング・スリックががっちりと路面をグリップするから、信じられないような速度でもコーナーをクリアできる。限界は想像以上に高い。レースカーとしてはそれほど軽くはない1400kgのボディだが(レギュレーションで最低重量が規制されている)、300HPを誇るエンジン・パワーが、FISCOのストレートでメーター読みで260km/hをマークさせる。348チャレンジの乗り味や性能は、入門マシンというよりも、むしろ本格的なGTレーシングに近い。その上操縦が難しい。
「348は難しい」。93年、フェラーリ348GTを駆ってイタリアGTⅡチャンピオンを獲得したオスカー・ララウリも言っていたが、追い込んだ領域で操縦性がシビアだ。
グリップ走行で走る限りは、ステアリングの入力やアクセルのオン・オフに対して忠実に反応してくれる。だがそれを超えて極限領域に追い込むと挙動が激変するのだ。
タイムを詰めるにはブレーキングで速度を落とし過ぎないようにして、ギリギリの速度でコーナーに突入することが必要だ。フロントに荷重が残っているタイミングを的確に捕らえさえすれば、アンダーステアが出ることなく、信じられないような速度をキープしたまま、ノーズをインのクリッピングポイントに向けることができる。ここまでの挙動は最高に良い。問題はその先だ。
そのままだとインにぐんぐん切れ込んでいき、クリッピングポイントから先で巻き込むようにスピンモードに陥ってしまう。急にリバースしてオーバーステアが強くなるのだ。
スピンさせないようステアリングを戻し、アクセルを開ける。荷重をリアに移し、リアのグリップを上げるためだ。足りなければそのままスピン。アクセルを開け過ぎればパワースライドがきつすぎて、やはりスピン。ちょうど良い度合いを探るのが難しい。そしてステアリングの戻し量とタイミングにも絶妙なテクニックが求められる。
この点に関しては、同じワンメイクレースカーでもポルシェ・カップカーのほうが、フェラーリ348よりもずっとスライドのコントロールが楽だ。クルマの方がスライドをおさえようとする意志がポルシェにはある。
グリップ走法が速いクルマもあるし、そうでないクルマもある。348チャレンジは後者のタイプだ。スピンを恐れてグリップ走行をしていたのでは、348の本当の性能を引き出すことはできない。タイムをもぎ取るためには、スライドをコントロールしながら、アクセルを積極的に開けることが要求される。348を駆るドライバーにはマシンを自在に操る上級テクニックだけでなく自信も必要だ。言い方を変えると、それだけ他のワンメイク用マシンが退屈に感じるほど348チャレンジを駆るのは面白い。
FISCOで対面したフェラーリ・ロッソのF355はチャレンジ車両規制に従い、完全なるレース用マシーンとして、変貌を遂げていた。
ロードカーとの外見上の違いは少ないが、良くみると、車高がぎりぎりまで下げられ、見るからに冷却効果が高そうなスピードライン製の18インチのホイールが凄味をきかせている。ホイールの向こう側には、F40と同じサイズの14インチ・ブレーキ・ディスクが覗いていて、ブレーキ性能の高さが伺い知れる。ホイールハウスに頭を突っ込んでタイヤの内側に目をやると、オリジナルで装着されているブレーキ冷却ダクトに加えて、新しいダクトが装着されていた。348のウイークポイントであるブレーキの熱対策もF355チャレンジではちゃんと講じられている。
ドアを開け、張り巡らされたロールケージをくぐり、OMP製の真っ赤なバケットシートに乗り込む。コックピットはレーシング・カーのスパルタンさとオリジナルの華やかさが混在し、348チャレンジによく似た雰囲気だ。運転席のフロアにはアルミ板が敷かれていて、踵が固定しやすくペダル操作がやりやすいように配慮されている。
これまた真っ赤の6点式のフルハーネスを締め込み体をシートに固定してスターターを回す。エンジンが快く目覚めた。
フェラーリ伝統のゲートが切られたシフトを先に送り、6速ミッションの1速を選ぶ。
このクルマには強化クラッチは入っていないようで、踏力が軽くミートは簡単だ。FISCOのピットレーンを2速で加速し、3速に入る頃、本コースに合流した。
ヨーロッパではF355チャレンジはすでに始まっているが、日本ではまだ開催されていないので、試乗したのはこれにさきがけて輸入されたクルマで、慣らしも行われていない全くの新車である。F355チャレンジ本来のレブ・リミットはおそらく9000rpm近いだろうが、今回の試乗では、念のため4000rpmから慣らしを始めて7000rpm程度までの走行となった。しかしオイシイ部分の高回転域をはずして中低回転域で走行しているにもかかわらず、F355チャレンジのポテンシャルは嫌と言うほど伝わってきた。
走り出してすぐに感じたのはクルマの動きが「軽い」ということだ。低回転でもトルクが分厚いから軽快に加速する。レブ・リミットまで引っ張らずにシフトアップしているのに、軽々と348をパスしてしまう程だ。6速に入れても加速が鈍ることがなく、今回自主的に設定したレブ・リミットではFISCOの約1kmのストレートの半ばでアクセルを戻さなければならないほど速かった。
1コーナーに差し掛かる。348チャレンジでは、160m手前からアクセルを戻してブレーキングを始めるが、F355チャレンジはそれではタイミングが速い。ストッピング・パワーは強烈だ。
348チャレンジは、スピードと車重に対してブレーキのキャパシティが不足気味で、FISCOの1コーナーのような減速が激しい箇所でハードにブレーキを踏み込むと、ブレーキ温度が上がり、耐熱温度が高いレーシング・パッドを使用してもフェードしてしまう傾向があった。この点に関して対策が施されたF355チャレンジは、耐フェード性が高く、それだけ安心してコーナーに突っ込める。来シーズンに向けての348チャレンジのフェード対策にも、良い手本になろう。
F355チャレンジのターンインは348よりもさらにクイックだ。これはパワーステアリングによる軽い操舵力と早められたステアリングのレシオによる効果だけでなく、ボディやサスペンションの支持剛性が高められた影響も強いだろう。
コーナリングのグリップ限界は強烈に高い。特に高速コーナー、FISCOで言えば100Rコーナーが飛び切り速い。3速全開で走る348チャレンジを大外から抜き去ってしまう。これはシャシー性能が高いからというだけの理由ではなく、車高の高いロードカーでは宝の持ち腐れ的だったフロア下面ベンチュリー効果が、チャレンジカーでは車高を下げたことで、大いに効果を上げていることも見逃せない。
コーナリング速度はF355の方が高いから限界を超えたところでの挙動も速い。348とどちらが扱いやすいか、ということに関しては、ステアリングを握るドライバーにより感じ方に違いがあるだろうが、348チャレンジよりもF355チャレンジのほうがオーバーステアが少なく、テールが滑り出しても、348のように巻き込むように振り出すこともないから、速く走るのに適しているのは間違いない。よりレーシング・カーに近いといえるだろう。
試乗を終え、タイムを聞いて驚いた。348チャレンジのベストタイムと同じタイムがストップウオッチに記録されていたからだ。今回の走行は前述したように慣らし走行のため、ストレートでアクセルを戻し、コーナーは通常よりも1速高いギアを選んで走ったにもかかわらずである。さらに、シェイクダウンであり全くセットアップなどなされていない状態なのだ。ダンパーやキャンバーなど少し調整すれば、コーナリングはさらに良くなるはずだ。
本気で走ったら、いったい何秒をマークするのだろう。現在、348チャレンジが筑波サーキットで1分3秒台、FISCOで1分46秒台。これは真夏のタイムだから、気温の下がる秋口になると、さらに1~2秒はタイムアップするだろう。もしF355チャレンジに全開をくれたなら、FISCOで40秒を切ってしまうかもしれない。これはグループAのBMW M3あたりを軽くぶっちぎってしまうタイムである。F355チャレンジが史上最強のワンメイク・レース・マシンであることに異論を唱える人はいないだろう。それどころか本格的なレーシング・カーも凌駕してしまう実力の持ち主なのだ。これはつまり、ベースとなったF355のポテンシャルが高いということで、あらためてF355の凄さを実感した。何しろチャレンジは、サーキット走行に必要な最小限のパーツを装着しただけのクルマなのだから。










