FERRARI F512M
かつて「日本一のフェラーリ遣い」と呼ばれた太田哲也が、1993年から1997年にかけて試乗した数々の貴重な跳ね馬のインプレッションを、当時の興奮をそのままにお届けします。
今回は、フィオラーノサーキットで512Mを試乗した貴重なインプレッションです。

F1ドライバーのフィオラノ・アタック
フェラーリF1を駆りジャン・アレジの代役として今年のサン・マリノGPに出場したニコラ・ラリーニは、表彰台2位を獲得した。その彼がステアリングを握るF512Mの助手席に乗り込む。フィオラノのテスト・トラックは、今までの取材でかなり走り込んでいるので、コース説明はいらないから最初から全開走行を始めるようにお願いした。
3速全開で立体交差を下り、ヘアピンに差し掛かる。ふと横を見ると、歯を食いしばるニコラの顔がそこにあった。真剣に走ってくれている。と、突然、ガコンと減速Gが始まった。路面にタイヤが突き刺さるような激しいブレーキングだ。が、F512Mは左右に暴れることなく吸い付くように安定して減速していく。
ステアリングを大きく切り込む。高いスピードを維持しているが、4輪はぎりぎりでグリップを保っている。クリッピング・ポイントにぴったり寄せて、そこからアクセル・オン。荷重が後ろに移動して、僅かだが視点が上がったその瞬間、F512Mは一定したドリフト・アングルを保ったまま、出口の縁石めがけてダッシュした。
あくまでもカウンターの量は最少、僅かにステアリングが戻っているが、普通の人が見れば恐らく、グリップ走行に見えてしまうだろう。派手さはない。だがこれが最も速い走り方なのだ。あまりにもボクのイメージした通りの走りだったので、ボクは思わずポンと膝を叩いてしまい、気恥かしくなって手のやり場に困った。このコーナリングは、彼のウデによるところが大なのか、それともこれに応えるF512Mもスゴイのか。
その答えは……
ニコラからキーを受けとり、今回からF512Mにオプション設定されたサポートの良いレーシング・シートに乗り込む。ステアリング位置は、ニコラから1ノッチ下げた1番下の位置までチルトさせたが、シート・ポジションは同じで、意外と彼は小柄のようだ。フェラーリ独特の、手が遠いドライビング・ポジションは影を潜め、人間工学に基づいた調整式のペダルやアルミ製のシフト・ノブ、ステアリングの位置関係が見直されていて、シート・バックを多少寝かせれば、平均的日本人の体型のボクにも快適なポジションが可能となったのが嬉しい。
キーを捻るとすぐにエンジンは目覚めた。アイドリングでは思いのほか静かだが、テスト・トラックに乗り入れて右足に力を込めると、カーンと素晴らしい12気筒のサウンドは健在で、自然と頬が緩んでくる。コンロッドにチタンを採用し、クランクシャフトも軽量化したことで、双方合わせて約7.5kgも軽くなるとともに、バルブ系にも手を加えることにより、高回転でのレスポンスを特に向上させ、パワーも12PSアップの440PSを発揮することになった。こうしてフラット12の魅力に磨きがかけられたのである。
ブレーキングは、新しく採用されたピレリPゼロシステムが確実に路面を捕らえ、強力無比な制動力を発揮する。余程パニック・ブレーキでも踏まない限りABSが作動することはないだろう。またハードに攻めてもボッシュ製のABSも自己主張し過ぎることもないから、攻めの走りに向いていると感じた。
1速に落としたくなるほどきついヘアピン・コーナーでも、4480×1976mmの巨大なフラッグシップ・カーは、予想外にアンダーステアが小さく、鋭敏に回頭を始める。そこからの立ち上がりでは、強力なグリップが路面を鷲掴みし、常に正確なステアリングが思ったラインをトレースするから、驚くほどのスピードでコーナーを駆け抜けることができる。この手のクルマとしてはステアリングの操舵力もそれ程重くはない。
もちろん、どんな高性能なクルマでも限界は存在する。それは強力なグリップを誇るF512Mでも例外ではない。高性能車であるが故、それを超えた時の挙動はとびきり速く、滑り出したら止まらない、と言った獰猛な性格をF512Mに想像するかもしれない。しかし、そうした不安は今やF512Mには不要である。実際にボクがわざと大きくドリフトさせながら感じたことは、確かに440PSを抑えこむには、それなりの腕は必要だが、足回りの熟成が進んだため、限界を超えてもコントロールがしやすくなっている、ということだった。それは低速コーナーはもちろん、150km/hを超える中速コーナーでも同様だ。
間違いなく428PSのテスタロッサよりも440PSのF512Mのほうが、ずっと扱いやすい。
4ヵ月前、ボクは同じフィオラノでF355の足の良さに驚いたのだが、そのF355と比べても、扱いやすさの点で遜色がない。いやむしろF512Mの挙動の方が比較的ゆっくりとしたものにさえ感じた。F355と比べて大型、大重量のハンデを持つにもかかわらず、長いホイールベースが、そう感じさせるのだろうか。またエンジンが軽量化されたことも貢献しているはずだ。
この巨大なサイズでも、軽快さと扱いやすさを持ち合わせているから、狭い箱根のワインディングに持ち込んでも、十分戦えるだろう。しかし、そうなると惜しいのはミッションだ。1速から2速への素速いシフト・ワークを試みると、ギア鳴りして不平を言う。シンクロ・メッシュが強化されて改善されたとは言え、ダブルコーン・シンクロメッシュで1、2速を武装したF355を知ってしまった者にとって、それだけF512Mの方のアラが目立ってしまう。やはり、12気筒パワーが炸裂する高速道路や高速サーキットがF512Mの本来のステージだろうか。
それにしても、最近のフェラーリのハンドリングの進歩には驚かされる。以前からフェラーリは確かに素晴らしい「クルマ」であったが、それに見合った「ハンドリング」を持っているとは言い難かった。初期のBBシリーズの神経質なハンドリングは、エンジンがギアボックスを真下に抱え込んで重心位置が高くなる構造上の問題点だと思っていたが、F512Mでは基本的構造は変えずに、問題点をクリアしつつある。通常のロードカーもレーシング・カーと同様で細部の熟成で仕上がって行くものなんだなあ、と改めて思った次第である。
ピニンファリーナによるモディファイ
「この間のGTレースはポール・ポジションを取ったのに残念だったね。でも次のレースはきっと勝てるだろう?」と、フェラーリ社のマーケティング担当、パラート氏。彼はランチを取りながらひと通りの挨拶を終えたあと、「ところでF512Mのスタイリングはどうだい?」と、さっそく単刀直入にこの質問をボクにぶつけてきた。スタイルへの評価がとても気になるようだ。
熱いカプチーノを飲み干した後、「会わせたい人がいる」と言う彼に連れられて、テスト・トラック脇のオフィスに向かう。そこで顎に髭を蓄えた一人の紳士がボクを待っていた。ディエゴ・オッティナ、ピニンファリーナのチーフ・デザイナーである。彼は数枚のそれぞれ違ったF512Mのスタイル画をテーブルの上に取り出し、「私たちは、フェラーリ共通のアイデンティティを持つクルマを造ろうとしています」と言葉を始めた。
F512Mにも、先に登場した456GTやF355と同じコンセプトのデザインを与えることが、今回のスタイリング変更の意味であり、フェラーリ伝統の形を現代的にアレンジした形状をエア・インテークや、丸形のテール・ライトに反映させた、とのこと。但し、テール・ライト回りは、F40のようにブラック・アウトされ、F512Mらしい強さを表現している。
また今回のフェイス・リフトで最大のインパクトを与えるのは、リトラクタブル・ヘッドランプ・ユニットを廃し、新型のヘッドランプ・ユニットを採用したことだろう。プロジェクター・ランプを内蔵し、照射能力を高めたこのユニットは、構造の簡素化による重量の軽減はもちろんだが、最大の目的は夜間時の空力効果の向上にある。
昨年、ボクがル・マン24時間レースにフェラーリ348LMで出場した時に体感したことだが、リトラクタブル・ランプを上げると約1割のスピードを失うだけでなく、空力バランスが崩れて操縦性も変化してしまう。そして今年、ボクのを含めて3台出場したフェラーリGTレーシングは、全てリトラクタブル・ランプを廃止した。だから、彼の説明にボクは大きく頷いたのだ。
側面のデザインに関しては、スタイル画ではサイド・フィンが廃されていたが、実際にエアの流入効率をテストした結果、エア・フィンはそのまま採用したらしい。
今回のモデルチェンジは、見た目の是非はともかくとして、彼の説明によれば機能を重視して手が加えられた訳であり、そうした意味では説得力はある、とボクは納得したのだが、読者のみなさんはどうだろうか。
「なぜそのヘッド・ランプ・ユニットをF355に採用しなかったのですか」というボクの質問に対しては、F355のスタイルを決定した段階では、このユニットはまだ開発されていなかったから、という説明だった。
「すると次期456GTやF355でもこのランプ・ユニットが採用されるのですね?」と、少々意地悪な質問をしてみたところ、
「モデルチェンジは遠い先だろうけど、個人的にはそうしたいと思っている。でもF512Mに対する顧客やジャーナリストからの評価も聞いてみたい」と真面目に答えてくれた。
どうやら、512だけの問題でなく、これからのフェラーリの顔を世に問う、といった重大な意味もF512Mは持ち合わせて登場したようだ。












