FERRARI 348 LM at LE MAN 24 HOURS
かつて「日本一のフェラーリ遣い」と呼ばれた太田哲也が、1993年から1997年にかけて試乗した数々の貴重な跳ね馬のインプレッションを、当時の興奮をそのままにお届けします。
今回は、348LMでル・マン24時間に参戦したときの感動をお伝えします。

栄光の神話を再び創造する為に
右側ドア内側のパイプ・フレームを跨ぎ、カーボン成型のコルビュー製のバケット・シートに乗り込む。フェラーリのコンペティションモデルの伝統にのっとって、348 LMはライトハンダーである。四方八方にはりめぐらされたフル・ロールケージは、単にドライバーを事故の際保護するだけの目的ではなく、ボディ補強としての役割も合わせ持つものだ。エンジン・ルームとの遮蔽壁には、無線システムや各種電装品等が整然と並んでいる。
同じロードカー・べースでも開放感のあるグループAマシンとはだいぶ違った雰囲気の「仕事場」で、窓の開口面積がすくなく閉鎖的なコクピットは低い着座姿と相俟って、まるでCカーのようだ。
イタリアのスーパーカー選手権で活躍してる348のギアボックスはオリジナルの横置きのままだが、LMでは耐久性を考慮して、ノン・シンクロのヒューランド製がデフ後部に縦にマウントされている。これによりスピーディなシフト・チェンジが可能となった。
乗り込んですぐ目に付いたのは、跳ね馬のエンブレムが入ったステアリングだ。取り付け位置が低く変更されたことにより、手が近くなり、理想的なドライビング・ポジションが取れるようになったのは有り難い。
オリジナルのスピード/レブカウンターの位置に目をやると、そこはブラックボックスのディスプレイが取り付けられている。これは通常、デジタルで回転数が示され、同じ画画の下にラップ・タイムと水温が小さく表示される。が、ひとたびマシンに異常が起こると、画面が切り替わり異常箇所と状態が表示され(例えば”Water Temp 120℃”)、赤のインジケーター・ランプが点灯する。その他、燃料等の画面表示も可能である。もちろんすべてのデータは記録され、走行後、メカニックが取り出して利用することが可能で、ドライバーにとっても、他のメーターをチェックする必要がなく、それだけドライビングに集中できるので、とてもラクチンだ。
シフトアップはエンジンの耐久性を考えて8000rpmで行う(ノーマルは7500rpm)。8000rpmでイエローのインジケーター・ランプが点灯し、8500rpmでレッドのランプが点灯、同時にレブ・リミッターが作動して回転を抑える。しかし、シフト・ダウンの際のオーバーレブは制御できないので、ミスは厳禁だ。
シフトはフォーミュラカーのように右側で、本来シフトのあった位置にはヒューズや10個の各種スイッチがぎっしり並んでいるが、この中でドライバーが必ず覚えておかなければならないのは、約1周分の燃料のリザーブ・タンクと予備バッテリーへの切り替えスイッチだろう。また消火器の作動ボタンも忘れてはならない。
メイン・スイッチをON、イグニッション・スイッチをON、そしてスターターをON。すでに暖気の済んだエンジンは直ぐに目を覚まし、ゴゴゴゴゴコ゚と迫力のある唸り声をあげる。甲高いエキゾート・ノートを伴ってエンジンをレーシングさせ、シフトを手前に引いて渋めの1速へ入れてから、重くてダイレクトなクラッチを繋ぎ、大勢の人で溢れたピット・ロードを静かに加速する。クラクションを鳴らしたい程だが、ホーン・ボタンは無線のスイッチに改造されているため無理だ。
ついにル・マン初体験
ピットロード出口のグリーンシグナルを確認後、本コースに合流。アクセルを踏み込む。低い回転数ではパラついていたが、3000rpmを超えると、息を吹き返したように、スムーズに加速していく。
「ああ、いよいよル・マン初体験だなぁ……」
第1コーナーの様子を窺いながらゆっくり回って、ル・マンの写真でよく見るダンロップ・コーナーを下る。コース・サイドの観覧車を左に見て、4速でアップ&ダウンのあるS字コーナーを抜ける。サスペンションは全てレース用スペシャルで、ブッシュ類も全てピロボールに変更されているため、操舵感はダイレクトだが、段差やギャップで乗り心地は比較的良い。これは路面μの低い公道部分での、路面との追従性とタイヤの耐久性を考えて足まわりを柔らかめにセットしたからだろう。これなら「24時間」のドライバーの疲労も和らげてくれるだろうと思った。
テルトルージュを3速で抜けると、ここから公道部分が始まる。まずあのユノディエール・ストレートだ。実は、前日、コースを覚えるために何度もレンタカーのフォード・フィエスタで走ったのだけど、その4倍の速さのLMから見ると景色はまったく違って見えた。
1990年にシケインが新設され約2kmに短縮された第1ストレートで、5速8000rpm、最高速度280km/hをマークする。LMのエンジン・パーツはフェラーリ・ファクトリーのミケロットから供給されたもので、予選用が380PS、決勝用が350PS。車両規制で義務付けられたエア・リストリクターを外せば、更に30PS程パワーアップするという。
280km/hは絶対スピードとしてはそれ程速いという訳でもないが、サーキットの単調な景色と違って公道なので、隣接したバーやホテル等の建物が勢いよく後方に流れていき、やけに速く感じる。
ロッキード製の4ポット、直径36cmのまるでCカーのようなサイズのブレーキは348 LMに強烈な制動力を与える。しかし、ユノディエールの2つのシケインとミュルサンヌの進入など、280km/hから200km/hへのフルブレーキングでは、特大のリア・ウイングでもダウンフォースがまだ不足しているようで、ブレーキングと同時に左右にマシンが激しく振られた。
タイヤはピレリのスリック。新しくGTカー用に開発されたもので、イタリアのスーパーカー選手権用とはコンパウンドが異なり、380PSのパワーにも充分なグリップ力を持つ。
マシンの基本性能は弱アンダーステアで、もう少しアンダーステアが少ない方がボクの好みだが「24時間」の長丁場を考えると、スタビリティが高くスピンしにくいこのセッティングがベターなのかもしれない。
ポルシェ・カーブを右に曲がった先の、まるで箱根ターンパイクを更に高速にしたような8個のコーナーが連続するS字は、4速ホールドのまま200km/h近いスピードをキープしたまま、スロットのオン・オフだけで抜けて行く高速ベンドだ。
「FERRARI」その響きは特別なものだ
これは公道部分全体にも言えることだが、路面にサーキットのようなカントがなく、また縁石もないため、コーナーの位置や形状が非常に分かりにくい。コースを完全に把握することが重要だが、1周13km、数分もかかるので短い走行時間の中で覚えるのは大変である(ル・マンは練習走行はなく、いきなり予選から始まる)。逆にコースを覚えればそれだけタイムアップする。今回348 LMの予選タイムはボクが走り始めてから6周目に出したものだが、これは何と1周目よりも50秒も速かった。フェラーリの名誉のために付け加えると、ボクがもっとル・マンに精通して入れば、ポジションはさらに上位になったろう。
こうした高速コーナーでは、ライバル達と比べてダウンフォース不足からくるグリップ不足の感は否めない。立ち上がりでパワーをかけていくと、パワースライド量が多くなり、タイム・ロスが大きい。これが一般のインプレッションなら「コントローラブルでドリフトが楽しい」なんて書くところだが、タイム重視のレースだから……。逆に言えば、もっとダウンフォースを強めれば、ラップ・タイムはグッとアップするはずだ。しかし、それにはレギュレーション上、フェラーリ本社がロータスやベンチュリーのようにエアダムで武装した市販エボリューション・モデルをしてくれる必要があるのだ。小さいコーナーでは素直な操縦性で、結構速い。しかし、ライバル達と比べて、立ち上がりでは少々分が悪い。一番の原因は重量だろう。規定の1000kgまでシェイプ・アップすればぐっと速くなるはずだ。しかし、ダウンフォースの影響もあるかもしれないがストレートは、ボルシュRSRより速く、ロータスと同程度、ジャガーにさえそれ程ひけをとらなかった。
今年はGTに関して詳細な車両規制が設定されなかったため、メーカーあるいはチームの解釈の違いにより、かなり改造程度が異なり、タイム差が大きかった、と言えるだろう。車両規制が統一される来年こそフェラーリの真価が発揮されるに違いない。フォード・シケインの手前から右に入ってピット・イン。ピット・ロードは人が一杯なので、チーム・スタッフを見つけるより先に、ピット上の「FERRARI」の看板が目に入った。映画『栄光のル・マン』と同じ光景……。FERRARIーーレーシング・ドライバーにとっても、その言葉には特別の響きがある。
フェラーリは、長い間、ル・マンには姿を見せずにいた。しかし、これからは再び60年代の栄光を取り戻し、新たなる神話を創造していくことだろう。そうした歴史の1ページを踏み出したフェラーリのステアリングを握れたことを光栄に思う。












