フェラーリF50試乗記|“公道を走るF1”が見せた究極のロードカー体験

2025.10.19

FERRARI F50

かつて「日本一のフェラーリ遣い」と呼ばれた太田哲也が、1993年から1997年にかけて試乗した数々の貴重な跳ね馬のインプレッションを、当時の興奮をそのままにお届けします。
今回は、スペチアーレモデルのF50を新車当時にフェオラーノサーキットで限界走行した貴重なインプレッションです。

フェラーリF50

ピスタ・ディ・フィオラノ。ここを訪れるのは、F512Mに試乗した時以来だから、半年ぶりだ。今までに何度か足を運んでいるが、今回は僕の気持ちも少し異なった緊張感を伴っていた。フェラーリF40に次ぐ特別なフェラーリ、F50に試乗するためだからである。

実はF50をフィオラノで見るのは今回が初めてではない。去年の春、F355の試乗を終えピットでひと休みしていると、突如としてテープでボディ・ラインをカモフラージュしたF50が現れた。ボクはすぐさまF355に飛び乗りスクランブルをかけ追走したが、2周する頃には引き離されてしまい、未確認物体はそのままピットインして姿をくらませてしまった。

まるで白日夢を見たかのようだったが、ウインドスクリーン越しに遠ざかるマシンのレーシング・カーのような速さとグラマラスなボディ・シルエットは、今でもはっきりと瞼に焼きついている。それほど衝撃的だったのだ。「あれが本当にロードカーか?」

その時以来、今日という日が来るのをボクは待ちわびていた。「ベースはF1らしい」「F40よりもフィオラノで3秒も速いそうだ」そうした様々な意則が歩に乱れ飛ぶようになると、ボクの好奇心にもいよいよ拍車がかかる。そしてル・マンでF40 GTEのステアリングを握りマクラレーンF1と直接対決を終え今、次期FXに対する関心は最高潮に達していたのである。「F40と何が違うのだろう? どんなふうに速いのだろう?」

アルプスの山々を眼下に見下ろしながら飛ぶミラノ行きのジェットのシートにうずくまって、そんなふうにずっと思い巡らせていた。そして待ちわびた日は、まだ6月だというのに30°C近くまで気温が上がり、真夏のように太陽が眩しかった。

F50のコンセプト

「公道を走るF1」をコンセプトに開発されたF50には、ロードカーとして数々の新しい試みが盛り込まれている。その中でも一番の「目玉」と言えるのは、ロードカーとして初めてパワートレーン・フレーム方式を採用したことだろう。

1967年にデビューした傑作GPマシン、ロータス49に初めて採用されたこの方式は、現代のF1では当たり前となっているが、ロードカーとして採用されたのはF50が初めてである。

カーボン製モノコックのリア・バルクヘッドにV12ユニットが6個のボルトで剛結され、そのエンジンの後方にはギアボックスが繋がる。そしてサスペンションとバンパー、カウルといったリア回りのパーツは全てギアボックスに直接固定される。つまりエンジンとギアボックスがシャシーの構造材の一部として応力を担っている方式だ。

エンジンにもF1に対するこだわりが見受けられる。というよりもF50に搭載される65°V型12気筒ユニットは、1991年までのフェラーリF1用NA3・5リッターエンジンの639型から643型までと共通のブロックを使用しているのだ。ボアピッチはそのままに、ボア/ストロークを拡大して4.7リッターまでスープアップされている。

「なぜ4.7リッターなの?」

「小さすぎない?!

「公道を走るF1を謳うなら、F1と同じ3.5リッターを載せれば?」

そう思う人もいるかもしれない。あるいは逆に「マクラーレンF1が6リッターなのに、4.7リッターでは小さすぎない?」

と考える人もいるだろう。その辺のところを開発担当責任者のビスコンティ氏に尋ねてみたところ、「F1のフィーリングを体感できるパワーと、一般道で普通の人が乗ることのできるレベルを考慮すると、4.7リッターがベストであると判断した」という返事がかえってきた。

つまりロードカーはコースに合わせてギアを組み替えることは事実上できないから、3.5リッターのハイチューン・エンジンを載せたのでは、パワーバンドが狭すぎる、ということである。1.2リッターの排気量の余裕の差が低回転のトルクを太らせて、扱いやすさを生んでいるわけである。

例えばF50と同じエンジンをベースとするIMSA用、フェラーリ333SPの4リッターレーシング・エンジンは、何と1万1500rpmを許容回転数とする超高回転型ユニットである。その高回転領域でのパンチは強烈でレスポンスは抜群だが、反面パワーバンドが狭く、高回転を維持していないとガクンとパワーが落ち込んでしまう。このことからも分かる通り3.5リッターで仕立てたのでは、ロードカーとしてはピーキーすぎるということだ。

では逆にマクラーレンF1に対抗して6リッターではどうかというと、それではF1のイメージからかけ離れてしまうというわけである。また現実問題としては、F1エンジンを流用してスープアップできる物理的限界が4.7リッターまでであるという、エンジンの開発コストの問題もあったろう。

F50現れる

サンサンと降りそそぐ陽射しを逃れてコース脇の木陰に腰を下ろし、ボクは待っていた。

「来た!」

轟々たるエンジン・ノートで辺りの空気を震わせて、そのマシーンは現れた。気温が高いこともあって電動ファンも同時に作動し、アイドリング時の音はかなり大きいが、これがF50のものだと思えばうるさくは感じない。

あらためてじっくり眺めるとやはり大きい。実際はメルセデスのSクラスよりも、コンパクトなはずなのだが、曲線を描いたグラマラスなボディが実際の大きさよりもさらに大きく見せている。F40に見慣れた目には、少々凝り過ぎのデザインに見えるが、全てのデザインは空力と機能性を重視して造型されたものだそうだ。各部のデザインは最近のフェラーリの流れに乗ったものであり、F40より有機的でさらに存在感があるのは間違いない。

イタリアン・レッドを纏ったそのマシンは、フロント・カウルに多数の跳ね石の跡があり、相当ハードに走りこんでテストが行われていることが伺い知れた。

ノブを引き上げてドアを開ける。ドアは指1本で引けるほど軽い。黒いレザーと赤いクロスがはられたカーボン製のバケット・シートに体を沈める。F512MやF355よりもさらに着座姿勢が低い。ドアを閉めるとゴトッという鈍い音がした。ボディはフル・カーボン製である。

ステアリング・コラムもカーボン製でインストゥルメント・パネルと一体式だからチルトもテレスコピック機構もつかないが、前後方向に加えてシートバック角度も調整ができるので、平均的日本人体型のボクでもぴったりのポジションが取れる。さらにペダルも何種類か用意されてオーナーに合わせた微調整が可能となる。シートバックの角度調整ダイヤルはフィラー・キャップと同じデザインのアルミ製で、跳ね馬が描かれている。こうした心憎い演出はきっとオーナーの心をくすぐるのだろう。

小径のモモの向こうにはメーター・クラスターが覗くが、エンジン停止時には透過照明が消えていてメーター類は表示されていない。F50には本格的なレーシング・マシン並みにデータロガーが搭載されていて、その気になれば走行時のエンジン回転数や速度、スロットル開度など合計15種類のデータを取り出すこともできる。ダッシュ・パネル上にあるイグニッション・スイッチを回すとメーター類がフワッと青く点灯し、その下のスターター・ボタンを押すと、4.7リッターV12ユニットがすぐに目覚めた。スタートの手順はF40と同じで、まさにレーシングカーだ。大事なエンジンのスタートの儀式を、キーを捻るというワンアクションで済ませるなど言語道断といわんばかりである。

右足でブリッピングをしてみる。僅か数mmの動きにも連動して青白いレブ・カウンターの針がレスポンス良く跳ね上がり、後方からバルブ駆動チェーンの音がミックスされたメカニカル・ノイズを伴ったエンジン・サウンドが、ギゥワーン、ギゥワーンと咆哮する。

クラッチを踏み込んでみる。踏力はF512Mと同じ程度の踏み応えで静止状態では重く感じるが、走り出してしまえば苦になることはない。シフトノブは伝統の球形だが今までのようなアルミ製ではなく、頭に跳ね馬が埋め込まれたカーボン製だ。6段ミッションのギアボックスは1速の位置が左上となるため、先へ送って1速に入れる。全てのギアはダブル・コーン・シンクロ化され、今までのどのフェラーリよりも軽いタッチでコクッ、コクッと気持ち良くエンゲージできる。

アイドリング付近の低回転で発進を試みても、スムーズにF50は動き出した。湧き出るようにトルクが盛り上がり(僅か1000rpmで30㎏-mを超える)、アイドリングに近い低回転からでも滑らかにスピードが伸びていく。F40ではぎくしゃくしてこれ程滑らかなスタートはできない。

シフトを手前に引いて2速にシフトアップ。スロットル・ペダルを踏み込んでトラックに踊り出た。

3速、4速、5速、6速、どのギアからでも許容回転数の8500rpmまでレブ・カウンターが吸い込まれるように気持ち良く伸び上がっていく。バルケッタボディの空気の流れがきれいに整流され、200km/hを超えても顔に当たる風は驚くほど弱く、オープンである事を意識せずに運転に集中できるのが凄い。直進性も抜群だ。

レーシング・カー並みにロール量は小さく、ロールの収束スピードも速いが、それでいてゴツゴツした固さはなく、意外なほど乗り心地がよい。おそらく高剛性シャシーと電子制御ダンパーの効果なのだろう。

ステアリングのレシオは意外とスローで、中立付近では、ゆったりとした感じだ。街中での走行も考慮しているのだろう。それでもステアリングを切り込んでいくと、しっかりとグリップしてくる。

パワートレーン・フレーム方式を採用することから激しい振動やキックバックを危惧していたのだが、トラックを走る限りでは一切気にならなかった事も付け加えておこう。

この振動対策についてここで少し補足すると、前述した開発責任者のビスコンティ氏によれば、まずシャシー側では、①剛性がとても高いシャシー、②電子制御ダンパーの適正化。エンジン側では、①部品及び組み方のバランス取り、②燃焼爆発タイミングの適正化、などを行ったとのことで、全て細かい積み上げによる成果であり、特別な「マジック」は行っていないということだった。

ゆっくりとした速度で走っている時に気になったのは、後方のエンジン・ルームから熱風が巻いて首に当たることだ。それでなくてもとても暑い日だったからこれには閉口した。デリバリーまでにはこの点を改善して欲しい。

それと、後方から聞こえてくる大きなエンジン音だ。チェーン駆動のノイズも混じって、乗用車の基準でみれば、信じられないほどうるさい。別な言い方をすればレーシング・ライク。本当にF1みたいだ。

それにしても何て運転しやすいクルマなんだろう。7000rpmくらいに抑えて走っていると513PSもあるスーパー・マシンであることを忘れてしまうほどスムーズで、逆に、もっと刺激が欲しくなるほどだ。オープン・モデルなのに、驚くほどスピードを感じないが、速度計を見ると常に体感速度の3割増しほどのスピードが出ている。ついスロットルを踏み込みたくなる。鞭を入れてガンガン走りたくなってくる。後方から聞こえるエンジン・サウンドが、禁断の実に誘う誘惑の囁きに聞こえてくる。うずうずして堪らなくなってきた。

F50の限界に挑む

今回の試乗ではテスト・ドライバーのダリオ・ベネッツイ氏の運転するF50の助手席に座る機会もあたえられた。彼の運転は、「エンジンよ、もっと回れ」と言わんばかりに必ずレブ・リミッターに当ててからシフトアップし、ギアチェンジも叩き込むような動作だ。

「えっ、こんなラフな操作していいの!?」といった感じで、逆に言えばそれほどF50の耐久性を含めた完成度が高いということなのだろう。F50を降りる時に彼はこう付け加えた。

「ガンガンまわしても大丈夫だよ」

ボクは再び運転席に乗り込み、シート・ポジションを合わせる。今度はさっきよりワン・ノッチ程ポジションを前に出した。本気でF50に鞭を入れることにしよう。

最終ヘアピンを2速で立ち上がり、右足に力を込め、レブ・リミットの8500rpmまで引っ張る。

「ブブッ」

同時に3速にシフト・アップ。各ギアがクロースしているから息継ぐ間もなく4速、そして5速にシフトアップする。ホーム・ストレートでは速度計の針が250km/hを超えているというのにまだぐんぐんと加速してゆく。7000rpmあたりから本領を発揮する高回転型ユニットなのだ。

フィオラノの1コーナーはブレーキング区間が左に緩く曲がっているので、ブレーキを強く踏み込んだままだと、左方向へのスピンモードに陥りやすい。だからといってだらだらと踏んでいたのではタイムを失う。ここのブレーキングは難しい。だからこそ、このコーナーでクルマのセットアップの良否がはっきりと分かるのだ。

1コーナーのぎりぎり手前まで我慢してからブレーキ・ペダルを蹴飛ばすように強く踏み込む。

Φ355mmのブレーキ・ディスクを備える制動システムと、強力なダウンフォースの効果で路面に張り付くようにスピードがガクンと落ちていく。

ヒール・アンド・トゥを使ってスロットルを煽りながら5速から4速、3速とシフト・ダウン。左方向に巻き込んでスピンを始めようとする瞬間にブレーキの踏力を緩め、その先の直線部分でもう一度ブレーキ踏力を最大にして2速にシフトダウン。鈴鹿の第1コーナーのようなブレーキの使い方だ。1コーナーへのアプローチで左に切り込みフェイントをかけていたステアリングを、今度は一気に右に切り込んでブレーキ・ペダルから足を離す。すると弾けるようにF50は右方向にクルッと鼻先を向ける。この鋭敏で思い通りの動きはまるでレーシング・カーそのものだ。その瞬間、スロットルを5mm程開け荷重を後輪に移動させていったんリア・タイヤのグリップを増加させ、それからさらにスロットルを踏み込んでいく。

横Gに耐え切れなくなったリア・タイヤがスライドを始めるが、ズルズルとだらしなく滑ることはない。荷重がかかって強烈にグリップが上がったリア・タイヤ、335/30ZR18サイズのF50専用Goodyear FIORANOはクルマを確実に前に前に進めようとするので、カウンターステアの量も最少でクリアできる。

スロットル全開。その瞬間にF50はロケットの様に出口に向かってダッシュした。

速い! コーナリング限界は強烈に高い。しかし、それだけではない。何よりも限界でのコントロールのしやすさに驚かされた。タイヤと路面の接地状態が、まるで直に手のひらで路面に触っているようにステアリングに伝わってくる。ロードカーにはサスペンションが接地していても、ボデイが揺れている感じがどうしても付き纏うが、そうした動きが全くない。ドライバーの入力操作に対して1mmの狂いもなく、コンマ1秒の遅れもなく正確に反応してくれる。F40のようにアンダーステアが急激にオーバーステアにリバースしたりしない。だから安心して攻めこめ、限界を探ることが怖くないどころか、楽しくなってくる。

カーボン・コンポジットの岩のようなシャシー剛性とパワートレーン・フレーム方式を採用した効果はここで明らかである。

こうしたことがスペック上では同等の性能レベルにあるF40を、フィオラノのタイムで3秒も上回ることができた要因のひとつだ。

そして、スロットルを開けたその瞬間にダッシュするピックアップ抜群のNAエンジンも、もうひとつの要因である。ターボとNAの好みの話となると人それぞれ好みが違うだろうが、特にこうした回転が落ち込む低速コーナーではNAに軍配が上がるのは間違いない。個人的にはF40の異次元の加速は刺激的で大好きだが、しかしその反面ターボラグは嫌いだ。

例えば今回の試乗の1週間程前に行われたル・マンでボクがステアリングを握ったF40 GTEは、ミケロットの手によりノーマルの2倍程にブースト圧が上げられ、最大パワーがノーマルの470PSから700PS近くまでスープアップされている。このマシンはストレートや中高速コーナーなどでは、優勝したマクラーレンF1さえも軽く凌ぐほど凄まじく速く、そんなセクションでマクラーレンをぶち抜くのはとても快感だった。実際に予選ではF40がGTクラスの1、2、3位を独占したほどだ。しかし低速コーナー、ル・マンで言えばミュルサンヌやテルトルージュでは、エンジン回転が落ち込んでブーストが上がらずにF40は加速が鈍くなる。スロットルを開けて過給圧が上がるのを待っている時の気分は最悪だ。貴重なタイムを失うかと思うと苛々する。

それに対してNA6リッターユニットを搭載するマクラーレンF1は、低速コーナーの立ち上がりが圧倒的に速い。もし、F50のGT仕様があったなら・・・・・・ 少なくてもここで悔しい気分にならずに済んだろう。さらにF50の、剛性感が高く素早いシフトが可能なギアボックスは、その気になれば1速へのエンゲージも可能で、低速コーナーでは心強い武器となるはずだ。

もちろんF50は高速コーナーも大得意。フィオラノの高速左第11ターンを、3速スロットル全開で飛び込んで理想的な4輪ドリフトをキープしてクリアできる。あのF355よりも簡単に、である。

F355でも採用されたリアのディフューザーと、空力を最優先して造型されたボディ形状が強力なダウンフォースを生みマシンを路面に押し付ける(300km/h時310kg)。そしてF40よりも13mm長いホイールベースが比較的ゆったりとした挙動を生み、ドライバーの操作と心に余裕を与えてくれるのだ。高速コーナーではどのフェラーリよりも安定していて扱いやすい。

究極のロードカー

F50のセールスポイントはたくさんあるが、ボクが本当に感心したのは、目に付きやすい派手な技術でも、加速性能でも直線スピードでもない。

なによりもロードカーとして究極のコーナリング・マシンであることである。限界速度が高く、そして限界領域で驚くほど扱いやすく仕立てられている。もちろんこうしたことは惜しみ無く投じられたF1のテクノロジーと、徹底的に走り込んで行われたテストにより実現されたものであることは言うまでもない。

ところでビスコンティ氏が言っていた。「一般人がF1に乗っても、F1の凄さは分からない」と。

彼の言わんとするところは、一般の人の腕では本物のF1に乗ってもF1の本当の凄さがわかるほどのスピードも出せないしポテンシャルを引き出すことはできない、ということだろう。

F50は単にF1を公道用にモディファイしただけのクルマではない。F50はF1から必要な部分だけを抽出して「ロードカーとして」作り上げられたクルマである。それにも感心した。F50は、本物のF1よりももっとF1の凄さや楽しさが体験できる究極のロードカーなのである。