FERRARI 333SP
かつて「日本一のフェラーリ遣い」と呼ばれた太田哲也が、1993年から1997年にかけて試乗した数々の貴重な跳ね馬のインプレッションを、当時の興奮をそのままにお届けします。
今回は、WSC(世界スポーツカー選手権)に出場して輝かしい戦績を残したフェラーリ333SPです。

スポーツカー・レースへの復帰
20年以上の沈黙を破ってスポーツカー・レースに復帰したフェラーリが戦いの舞台に選んだのは、アメリカのIMSAが94年に新設したWSC(世界スポーツカー選手権)だった。シリーズ第3戦ロード・アトランタにフェラーリ333SPと名付けられた4台のマシンが出場、ジェイ・コクランのドライブで見事デビュー・ウイン、その後も第7戦までに5連勝し、実力を見せつけた。
WSCへの出場はF1のようなワークスとしてではなく、プライベート・チームへ333SPを販売する形態をとる。4台の同時デビューからも理解できるように、フェラーリはできるだけ多くのチームにマシンを供給し、スポーツカー・レースを強く支援していく姿勢なのだ。
このマシンが搭載するユニットは、もちろん伝統のV12。1気筒あたり5バルブを持つ4Lエンジンで、およそ630PS/1万1500rpmを発生する。カーボン・コンポジットとアルミ・ハニカムのシャシーは高い剛性を保ちながら軽量化にも成功し車両重量は865kg、パワー・ウエイト・レシオは約1.3だ。
前後サスペンションは上下アームで構成されたダブル・ウイッシュボーンを採用し、ダンパーはロッキングアームを介してプッシュロッドで駆動される。脱着式の前後カウルを外すと、2座席分のスペースが相違点ではあるが、まるでフォーミュラカーのようだ。レギュレーションが要求するフラットボトムの空力効果を狙って最低地上高は著しく低く、フロント部分で何と3cm程度。一定したロード・クリアランスを確保するために、ガチガチに硬いバネが入っていることが容易に想像つく。戦績やスペックを見ただけで胸が躍ってくるような、フェラーリ333SP。そのマシンに乗ることができるのだ。
「一体どんなレーシングマシンなのだろう」「F40のGTマシンをもっと激しくしたやつかな」「かつてル・マン24時間やスポーツカー・レースの主役だったグループCカーみたいかな」
僕は頭の中で色々な想像を膨らませながら、今回の試乗コースであるFISCOに向かった。
コイツは・・・・・・違う
ステアリングを外し、サイド・カウルを大きく跨いでコクピットに乗り込む。ボク専用に成型してもらったシートだから当然だが、体にぴったりでほんのわずかな隙間もない。メカニックの手で6点式のシートベルトがぐいぐい締め上げられて、体が固定される。
高圧燃料ポンプとイグニッション・スイッチをON。シフトがニュートラル位置にあることを示すグリーン・ランプの点灯を確認してからスターター・ボタンを押す。一瞬のクランキングの後、物凄い爆発音とともにフェラーリV12が目を覚ました。クオーンクオーンと空気を震わすF1にも似た凄まじいサウンドだ。思わず身震い。生唾を飲み込んだ。
アイドリングが不安定だからアクセルを煽ってレーシングさせる。右足に呼応するスロットルのレスポンスが強烈に良い。踏み込んだときの回転の上がりが速いのはもちろん、回転落ちも、ストンとあっという間なのだ。一般車と比較すれば体感的には10倍ぐらい、レーシング・カーとしてはそこそこの重さのクラッチを踏み込み、シフト・レバーを前方に押し込んで1速に入れる。シーケンシャル・シフトのレバーはオートバイのチェンジ・レバーのようにスプリングで中立位置に戻るようになっている。ニュートラル・ポジション前方に押し込むと1速、手前に1回引くと2速、もう一度引くと3速、……4速、……5速、と操作する。
ストールさせないように左足の先に神経を集中させてデリケートにクラッチを繋ぎ、タイミングを合わせてアクセルをていねいに踏み込む。レバーを引くと、瞬時に2速にシフト・アップする。今回はシェイク・ダウン走行ということもあって、シフト・チェンジ時にクラッチを切ったが、タイムをもぎ取るつもりならそれを省略してもよい。それほどシフト・チェンジの操作は素早いのだ。
レバーを引くだけの単純な操作を繰り返してシフト・アップしながら、メイン・ストレートに合流した。100km/h程度の低速(!?)では、ワイド・タイヤと高性能シャシーがガッチリと路面をホールドして、まさにオン・ザ・レール感覚――と、皆は思うだろう。ところが実際は全然違う。ストレートを加速しているのにマシンは勝手に方向を変え、まっすぐ走ろうとしてくれない。左右それぞれもう1台分のスペースが必要なほどで、周りにクルマがいないことを祈るばかり。ここでのじゃじゃ馬ぶりは、F40GTの比ではない。だが、冷静になって考えてみれば当たり前のことなのだ。凍りついたように冷え切ってカチンカチンになったワイド・タイヤでは、グリップが極端に低く、路面の小さなうねりに敏感に反応してしまう。コーナリング性能を重視したサスペンション・セッティングも直進性が悪くなる要因のひとつだ。ましてこの程度の速度ではダウンフォースも効いてこない。タイヤ温度が上がるまで待つしかない(今日はやけに慎重だねって? そりゃそうだ。限界インプレで乗るクルマはいつも凄いやつだが、今回は飛び切りなんだから。ボクにだって人並みに恐怖心はあるのだ)。
つまりギリギリの領域に入ったとき、最大限の性能を発揮するように造られ、その手前の領域のことになんて考えちゃいない。そんな究極の考え方に基づいた、本格的なレーシング・マシンなのだ。
だからといって、ただゆっくり走っていたのじゃ、いつまでたってもタイヤ温度は上がってこない。細心の注意をはらい、歯を食いしばってアクセルを開けることが必要だ。そうして数周我慢して走行を続けると、ストレートの蛇行もなくなりコーナリング性能も格段にアップしてくる。ステアリングの操舵力にグッと手応えが強くなってきたら、タイヤが暖まってきた証拠。アクセルをさらに開けていくことができる。周回を重ねるたびに皮を一枚一枚脱ぎ捨てるかのように変身していく。そして中から現れたのは、驚くほど高性能なレーシング・マシンだったのだ。
激変した333SPの正体は?
4L V12ユニットは高度にチューニングが施されていて、レブ・リミットは1万1500rpm!にも関わらず、驚くほどフレキシブルなエンジンに仕上がっている。実は、ボクはそのことも図らずも立証してしまった。333SPのシーケンシャル・シフトはポジション・ランプがないから、現在何速にホールドされているかドライバーが覚えなければならない。ボクは最初それを怠り、何速に入っているか一瞬解らなくなって、本来2速で入るべきコーナーを4速のまま侵入してしまったことがあった。だが333SPは何ごともなく、全くスムーズに立ち上がっていったのだ。
いくら高回転でパワーがあったって、下でスカスカじゃ扱いにくい。逆にいえば、こういうエンジンなら低速コーナーから高速コーナーまであらゆるサーキットにフレキシブルに順応するはずだ。特にIMSAのように様々なサーキットを転戦するには大きな武器になったことだろう。
3速にシフト・アップし、100Rコーナーにアプローチする。200km/hで駆け抜けるこの高速コーナーで、333SPの性格がはっきりと見えてきた。
速度が上がるにつれステアリングがグッと重くなり、横Gがかかってヘルメットが重くなる。もともと3cm程度しかなかった車高がさらに沈みこんでいく。低速で走っていたときの乗り心地の悪さが嘘のように影を潜め、吸い付くように路面を捕らえる。ダウンフォースが効いてきたのだ。
最初は100Rコーナーの侵入でアンダーステアが強すぎるかな、と思った。確かにアクセルを中途半端に開けたのでは、アンダーステアが強く出っぱなしでスピードの乗りが悪い。ところが意を決して積極的にアクセルを踏み込んでいくと、リアがスライドを始めて挙動がバランスし、アンダーステアが消えていく。ここまで踏むべきなんだな、と認識する。そこから先、クルマの向きを変えるのはアクセルの仕事だ。333SPのセッティングは630PSのハイ・パワーを使い切るようになっているのだ。
ブレーキングも凄い。300km/hオーバーからフル制動をかけても、グッと身を屈めて路面に張り付いたように速度を落としていく。まるでF3000のようだ。スペックが示すブレンボ製14インチ・ローターとカーボン・メタリック・パッドの威力が凄いのはもちろんだが、ボディ形状とウイングのダウンフォース効果がブレーキ性能を大きく高めていることも忘れちゃいけない。
中身はフォーミュラ
そうして走り込むにつれ、乗る前にボクが333SPに対して持っていた印象が変わってきたのも事実である。乗る前は、333SPにグループCカーのイメージを持っていた。そもそもCカーは、大パワーでフル加速しストレート・スピードでタイムをもぎ取るといった性格で、コーナリングに関しては、もちろんツーリングカーよりも圧倒的に速いが、純フォーミュラほどではない。最高速度はCカーの方が勝るが、コーナリング速度はフォーミュラの方が断然上なのだ。
333SPの走りの性格は、まさにフォーミュラだ。コーナリング速度がF40GTやCカーよりグンと高く、80年代後半に日本でも人気の高かったグラチャン・マシン(通称GC)に、その乗り味が似ていると感じた。F3000にカウルを被せたようなGCはボディ全体で高いダウンフォースを発生させながら、タイヤを覆うことで空気抵抗も減少させ、ベースとなるフォーミュラより最高速度は速い。いやむしろ、333SPはフェラーリF1にボディを被せたマシン、と呼んでもいいかもしれない。残念なことにボクはF1でレースをしたことがないので、断定はできないけれど・・・・・・。スポーツカー・レースにF1で培ったフォーミュラのテクノロジーを持ち込んできたということは、何をさておいてもフェラーリが本気で勝ちを狙ってきたことの証といえるだろう。
ところで95年、333SPはどうやらアメリカのレーシング・フィールドだけに留まらず、ヨーロッパにもその戦いの場所を求めるらしい。おそらくル・マン24時間を想定しているのだろう。セミ耐久用に造られたマシンだから長距離レース用のモディファイは必要となるだろうが、速さの点では間違いなくトップだろう。それに、もしル・マンに出場するとなるとレギュレーションに共通項の多い鈴鹿1000km辺りに出場してくる可能性もある。コーナリング勝負の鈴鹿だったら、333SPはこのままの状態でブッちぎりで優勝できる!
ボクは今回、そう確信した。目の前を333SPが走る――。想像しただけでもワクワクしてくる。V12ならではのかん高く素晴らしいフェラーリ・サウンドを叩きつけていく333SP。その音を効くだけでも、見に行く価値がある。










