FERRARI 412T2

かつて「日本一のフェラーリ遣い」と呼ばれた太田哲也が、1993年から1997年にかけて試乗した数々の貴重な跳ね馬のインプレッションを、当時の興奮をそのままにお届けします。
今回は、フェラーリのF1マシンで最後にV型12気筒エンジンを搭載したモデル、412T2のインプレッション前半編。富士スピードウェイで太田哲也が試乗したレポートをお届けします。
F1最後の12気筒マシン
その日は、フェラーリ・クラブ・オブ・ジャパン(F・C・J)のイベントで、富士スピードウェイには早朝から数多くの新旧フェラーリが集結していた。タイムテーブルは朝から分単位で刻まれ、午前中はF・C・Jドライビング・スクール、午後はサーキット走行会と、ひっきりなしにエグゾースト・ノートが響き渡っている。その中で、たった1台のためにぽっかりと開いた時間、それが「ボクら」に与えられたのだ。
静まりかえったピットには1台の真紅のフェラーリ・グランプリ・マシンがたたずみ、ガレージの外ではこの世界最高峰のマシンを間近で見ようとする大勢の人達が見守っている。
サイド・ポンツーンを跨ぎ、コクピットに潜り込んだ。このマシンは長身なベルガー用だが、あらかじめボク用にペダル類やシートの調整を済ましてあるので、寸分の隙間もないくらいに体にフィットしている。カーボン製のシートにはレーシングカーとしては珍しく高価なスウェードが張られていて(フェラーリの革製品を手掛けるスケドーニ製だ)、適度にソフトな感触が気持ち良い。これなら高いGに見舞われる高速コーナーでもサポートがいいだろう。
メカニックの一人がマシンの後ろに回り込み、車外スターターをミッション・ケースのエンドにあてがう。ボクはそれをミラーで見ながら左手を伸ばしてイグニッション・スイッチをON、デジタルのマルチ・ディスプレイが準備情報を表示する。ステアリングの間からギアがニュートラル位置にあることを示す「0」を確認し、左手を挙げる。その合図でメカニックが車外スターターを押し込む。長くクランキングした後、ようやくティーポ044型V12ユニットが息を吹き返し、とてもアイドリングとは信じられないような猛烈な共鳴音がヘルメットと耳栓を突き破ってきた。
いざコースへ
今回指定されたレブ・リミットは1万5500rpm。現役時代の決勝レース中には、1万6000rpm以上まで使っていたらしい。バー・タイプのレブ・カウンターは8000rpmから上だけが表示され、それ以下は表示されない。ブリッピングしてみるとスロットル・ペダルに足を置いただけで、クワンと回転が跳ね上がり、離した瞬間にストンと落ちる。剃刀のように鋭敏でゾクゾクするほどだ。クラッチを踏み込んだまま繋がされた。ペダルの重さ自体はそれなりだが、踏み込んだ感触がまるで絶対抵抗ゼロの世界にいるようなまろやかさで、動き出す時の渋さを全く感じないのだ。この感触はスロットル・ペダルやステアリングの操作フィーリングにも同じことが言え、まるでシャフトの周りを精度のめっぽう高いベアリングが取り囲んでいるような滑らかさなのである。
ステアリングの裏側にはセミオートマのシフトレバーが取り付けられていて、右側のレバー(右がシフト・アップ、左がシフト・ダウン)を握ると1速にあることを示す「1」がディスプレイ上に表示される。シフトレバーは電気式なので反力はなく、ちょうどゲーム・センターにあるF1ゲームのように軽い。セミオートマだけに、スタートの時だけはクラッチを使用する。ピットロードを2速にシフトアップして加速していくと、突然、マシンが上下に小刻みに震動し、ステアリングがガクガクと叩かれて景色が幾重にもにじむ。一体何が起こったのだろう!? 故障か? ピットロードを走っただけで、リタイヤするのか……?
「恐怖はつねに無知から発生する」と言ったのはアメリカの某哲学者だったと思う。「予期せぬことが起こったら慌てずに考えろ」と当たり前のことをくどくどと言い聞かせていたのはボクの祖父である。慌てることはない。現代のフォーミュラカーにはよくあることなのだ。
原因のひとつは、ボディ下面のベンチュリー効果を安定して発揮させるために、走行中でも一定した低いクリアランスを保つことが重要で、その結果、サスペンションをガチガチに硬め、車高をぎりぎりまで落としていること。そして冷えて硬くなったタイヤ。走行中に内圧が上がってくることを見越して低めに調整し、その分車高も下がっている。こうしたことが原因となってこんな「直下型地震」が起こるのだ。走り続けてタイヤが暖まれば、直ってくるはずだ。
走る前にフェラーリF1のメカニックから、シフトアップの時にはスロットルを戻す必要はない、と言われていたので、本コースに合流したところで早速試してみる。……タイミングを取る必要もなくとても簡単だ。
1989年、フェラーリが初めてセミオートマを採用したF1マシン、ティーポ640は、シフトレバーに連動して後方のギアボックスから変速の衝撃がガンガンと背中に伝わってきたが、412T2ではほとんどショックが感じられなくて、シフトの時間も体感的には半分程度だ。これは640が数多くのアクチュエータでシフト・フォークを動かしていたのに対し、412T2では円柱型のシフト・ドラムを1個のアクチュエータで回転させ、ドラムに切られた溝をシフト・フォークがトレースする形で変速するからショックも少なくなったのだろう。F1の進化は驚異的だ。数年でシステムが全く別のものに進化してしまうのだから。
第1コーナーを抜ける。タイヤが暖まっておらず、本来のグリップが出ていないだけに、マシンはまだわなわな震えている。スロットルを踏み込んでみる……ギュギュン。リア・タイヤがあっさりホイール・スピン! 慌てるな、と自分に言い聞かせた。
様子を伺いながらスピードを抑えて1周し、最終コーナーから右足に力を込める。レブ・カウンターがピュンと跳ね上がり、リミッターがババッ、と作動する。回転の上がりが速くてバーの途中の動きが読み取れない。こうなるとリミッターの作動が頼りだ。3速から4速にシフトアップ、最終コーナーに突入し、5速にシフトアップ。そのままスロットル全開で立ち上がる。かけ上がったストレートの始まりでレブ・リミッターが打つ。6速へ入れる。ヘルメットがヘッドレストにめり込み、背中がシートに押し潰される。その加速は継ぎ目がなく、シフトアップ時の失速感が全く感じられないほどだ。そして変速自体が猛烈に速い。ル・マンで乗ったF40 GTEのようなレーシング・ターボの蹴り上げられたような加速フィーリングではなく、伸ばしきったゴムを離して一気に吸い寄せられるような感覚だ。もちろん加速自体は凄まじいのだが、その先が見渡せるようで自然なものである。
(後半に続く)












