【開発者激論】フェラーリ F355と348、フィオラノで明かされた「エモーショナル」な操縦性の秘密

2025.09.14

FERRARI F355

かつて「日本一のフェラーリ遣い」と呼ばれた太田哲也が、1993年から1997年にかけて試乗した数々の貴重な跳ね馬のインプレッションを、当時の興奮をそのままにお届けします。
今回は、348LMでル・マン24時間レースを終えたあとにフィオラーノサーキットで試乗したF355です。

フェラーリ348LMでの2度目となったル・マン24時間レースを終えたその足で、ボクはイタリア・モデナ市のマラネロにあるフェラーリ本社に向かった。ひとつはレースの報告をするため、そしてもうひとつの理由は、発表間もないF355をピスタ・ディ・フィオラノのテスト・トラックで試乗するためだ。嬉しい事に、フェラーリはボクのために、まる1日テスト・コースを開けてくれるという。

F355は、何度か一緒にレースを戦った348の後継モデルである。もしかしたら来年はそのステアリングを握りル・マンに出場することになるかも知れない。一体どんなポテンシャルを持っているのだろうか。その戦闘力はいかなるものだろうか。興味津々。

聖なる土地、フィオラノ。F355との初めての対面

コースの下の立体交差をくぐると、中世の農家を改造した平屋のコース管制塔を背に、黄色のF355ベルリネッタがボクらを待っていた。今日はコイツと1日を過ごすのだ。しかしそんなことはお構いなしとでも言うかのように、最新のスポーツカーを創り出す聖地、フィオラノはいつもと変わらぬひっそりとしたたたずまいを見せている。フィオラノは全長約3km、大小14個のカーブを組み合わせたタイトなテクニカル・コース。モナコを含め、世界のF1サーキットの有名なコーナーを組み合わせたものだ。実際にフェラーリF1の開発テストも行なわれる。この日もボクの走行が夕方に終わると同時に412Tが走りはじめていた。

このコースは道幅やセーフティ・エリアが狭く、その上各コーナーには走行中のマシンのひとつひとつの動きを逃すことなく管制塔に伝える監視カメラが設置されていることもあって、ドライバーに並々ならぬ緊張感を抱かせる。

進入スピードを重視すべきコーナーや立ち上がり加速を重視するコーナー、コーナリング中にブレーキングやシフト・ダウンをしなければならないコーナーなど、どのコーナーもそれぞれ顔が違い、異なった走り方を求められる。考えて走ることが必要でなかなか難しいが、言い換えればそれだけ走っていて面白いコースということにもなる。

コクピットに乗り込んで、ホールドの良い革製のGTシートに座る。ステアリング・ホイールやシート形状など、細部では随所に改良が施されているが、メーターやスイッチ類は革の中に綺麗に配置され、348のインテリアの豪華だったモダーンな雰囲気は踏襲されている。

イグニッション・キーを回すと、V8ユニットはすぐに目を覚ました。フェラーリ特有のエンジン・スタートの儀式などというものは、すでにもう過去のことである。

アイドリングの音は相変わらず大きく聞こえるが、それが防音材と引き換えに、6kgの重量を軽減するためのものだったと言われれば、出しかけた文句も飲み込むしかないだろう。

456GTと同じ球形のアルミ・シフト・ノブを1速に送り込む。1、2速がダブル・コーン・シンクロ化されたこともあって、以前より軽くコクッとしたタッチだ。

クラッチを無造作に繋いでも、F355は呆気ないほどスムーズに走り出す。1速はロー・ギアードですぐに吹け切ってしまうため、素早く2速にシフト・アップ。タウン・ユースならば、2速発進でも十分だろう。

レブ・リミットの8500rpmまで引っ張りながら、3速、4速とシフトアップ。クオォーン、クオォーンと後方で奏でるフェラーリ・サウンドを引き連れて1コーナーに向かう。鍛造のシフト・レバーが例の分厚いアルミ削り出しのゲートに当たる度カキーンと鳴る。シフト操作は独特のゴクッとした手応えのあるものだが、ケーブル作動式を止め、ロッド式を採用したことにより、更に節度感あるものとなった。シフト・チェンジすること自体が気持ち良い。

5速にシフト。クロースしたギア・レシオとあいまって、F355の加速は十分すぎるほど強烈だ。しかし、そのフィーリングは「後から蹴飛ばされるような」と形容されるものではない。むしろ、低回転から太いトルクがもりもりと湧いてくるようなスムーズな加速だ。ミッションは456GTとおなじ、6速まである。

「世界一の自然吸気エンジン」とフェラーリ自身が謳う新設計のF129エンジンは、パワー、トルク、フィーリング、サウンド、どれを取っても確かに素晴らしい。アイドル付近から踏み込んでもスムーズに走れるほど低回転でもトルクがあり、ピックアップも抜群だ。それでいて高回転でのパンチも十分にある。エンジンは回せば回すほど活気づき、それにつれエンジンの音色がかわいた音に変わっていく。官能度も高い。8200rpmで380PSのビッグ・パワーを実現しながらも、その一方でアイドリンクからの発進も可能と、街中からサーキットまで難なくこなす懐の深さを持っている。因みに、カタログの性能曲線を見ると、5700~7000rpmの広い範囲で最大トルクに近い値をキープしている。

こうした柔軟な高性能ぶりがF355に搭載されるV8エンジンのウリなのだ。

高回転を実現するために、ピストンは鍛造アルミで軽量化し、コンロッドにはなんとチタン軽合金を使用。レーシング・エンジンに使われる贅沢な材質だ。更に90度V8でありながら、レース用とされてきた180度クランクを採用し、高回転領域の性能向上を追求している。

低回転でのトルクと高回転域のパワーの両立は、エグゾースト・マニフォールドとキャタライザーの間に取り付けられた可変バルブの働きによっても向上している。3000~4000rpmまでは、そのバルブが閉じ排気管を狭くすることによって低中速トルクを稼ぎ、それ以上では大きく開いて抜けを良くしてパワーを絞り出す。もちろん、エンジンの5バルブ方式は、個々の吸気バルブを小型化して慣性質量を小さくできるので、高回転で有利に働く。レッド・ゾーンの8500rpmまでストレスなくグングン伸びていく高回転側は、実際にバルブ駆動系だけで言えば1万rpmまで耐えられるのだという。

ステアリングにはパワー・アシスト機構が与えられた。走行中は適度な重さがあり、路面からのインフォーメーションをしっかりステアリグ・ホイールに伝えてくれる。操舵力が軽くなった分、ステアリング・レシオを早めていて、348と比べるとだいぶクイックだ。カウンターステアを当てる時のように、素早くステアリングを切ることを要求される場合でもアシスト量が変化することなく、自然な操作フィーリングがそのまま保たれるから、スポーツ・ドライビングにも差し障りはないだろう。

サスペンションも大幅に煮詰められ、ダブル・ウィッシュボーンの4輪の足はレイアウトもジオメトリーも完全に新設計されている。グリップ力も強烈で、前後輪の限界もほぼ同時。348のようなファイナル・オーバーステアの特性は抑えられ、タイヤのパフォーマンスを使い切れるセッティングだ。基本的には弱アンダーステアの好ましい操縦性で、腕さえあればニュートラルステアでもオーバーステアでも、どのような状態にも簡単に持ち込める。だからドリフト走行も、あるいはスリップ・アングルを小さめとしたタイムを意識した走りも自由自在にできる。

路面のギャップを通過する際でも、スムーズにストロークし無駄な揺り戻しがない。とは言っても、決して柔らかいアシと言うわけではなく、しなやかなのだ。プログレッシブ・レートを採用したコイル・スプリングは、ストロークするにつれて硬くなるため、過大なロールを抑えつつも、乗り心地を犠牲にすることもない。また新たに採用されたラバー・ブッシュも低フリクションに貢献しているはずだ。

ダンバーはアルミ・ケースのガス封入式。そしてついに電子制御が導入された。車速、加速度などを入力信号として、減衰力を細かく制御するというものである。ドライバーがハード、ソフトの2つのモードを単に切り替えるだけではなく、それぞれのモードで最適な減衰力をコンピューターが制御してくれるのだ。

今まで書いてきたように、F355は先代348のイメージを踏襲しつつも、様々な点で進化している。特に限界領域でのハンドリングに関しては、劇的に改良されているのだ。さらに追い込んで走ってみることにしよう。

レストラン・キャバリーノにて

「ミスター・オオタ、君は348よりもNSXの方が良いクルマだと言ってたよね」。

フェラーリ社の開発担当重役であるフェリーサ氏は、ワインを飲み干してから、おもむろにそう言った。ボクらが走行を中断し、フェリーサ氏のほか、マーケティングのパルラート氏、広報のペルフェッティ氏とレストラン・キャバリーノで食事をしていた時のことだ。

「え? いいえ・・・・・・」いきなり言われたボクは少々あせってそう答えるのが精一杯だった。

「いや、去年確かに君はそう言ってたよ」と突っ込むフェリーサ氏。

「あっ、それはNSXの方が、限界領域で運転が簡単だと言っただけですよ。良いとか悪いとかとは・・・・・・」

「そうだったかなぁ」と悪戯っぽく笑うフェリーサ氏はこう付け加えた。「で、F355はどうだい?」

以前、彼に尋ねられてボクが答えたことは、348の操縦性は極限まで攻めたりしなければ惚れ惚れするほどだが、追い込んだ領域では神経質でハンドリングがトリッキーだということだ。特に荷重移動に敏感すぎる。例えば、4速で回り込む中速コーナー、フィオラノで言えば最終コーナー手前の左コーナーを348で走ると……。

150km/h。アクセル全開のままコーナーに飛び込むと、リア・タイヤがスライドを始める。そこでスライドを止めようとしてアクセルを戻すとかえってテール・スライドが激しくなる。アクセルを戻したことにより、前下がりの姿勢となってリアの荷重が減り、リア・タイヤのグリップが減少するからだ。もちろん多かれ少なかれ、どんなクルマもそうした性質を持っているのだが、348は特にその色が濃い。それが348の操縦性を難しくしている。

もっとも別の言い方をすれば、それがエキサイティグで面白いとも言えるのだが・・・・・・。

348がテール・スライドを始めた時の正しい処方箋は、意を決してできるだけアクセルを一定に保ったまま、カウンターを適切にあててドリフト状態に持ち込むことだ。

ボクはそうした事をフェリーサ氏に言ったのだ。その時、彼はこう言った。「スポーツカーにはエモーショナルな面も大切なんだ」と。

348は限界領域で操縦性が神経質な反面、ノーズの回頭性が良く機敏に動く。そしてひとたびスイートスポットにはまった時に「これだ」という特別の手応えが強烈でそれがなんとも気持ちよい。フェリーサ氏の言った意味はそういうことだろう。ボクもそれはあると思う。

 F355の限界領域に挑む!その先に見えてくるものは・・・・・・

F355に全開をくれ、ピット前で5速にシフト・アップ。約700mのストレートを駆け抜け、200km/hで1コーナーに進入する。1コーナーの入り口のブレーキング・エリアは左に緩く曲がっているので、強くブレーキを踏み込んでしまうと、左方向へのスピン・モードに陥ってしまう。だからと言って、そーっと踏んだのではスピードが落ちずにタイムを失う。ここのブレーキングは難しい。

ステアリングを切り込みながら、5速、4速、3速、2速とヒール&トゥを使ってシフト・ダウン。左方向に巻き込んでスピンを始めようとする瞬間にブレーキ・ペダルから足を離し、ステアリングを今度は素早く一気に右に切る。フェイントがかかったF355は弾けるように鼻先を右に変え始める。その瞬間スロットルを10mmだけ開けて荷重を前輪から後輪に移動させ、それからアクセルを大きく開けていく。横Gに耐え切れずリア・タイヤはスライドを始めるが、それをカウンターステアでコントロールして4輪ドリフト状態に持ち込む。しかしF355はそこから横方向にズリズリ滑る量が少ない。強力なトラクションが、前へ前へとクルマを進める。荷重がかかって強力なグリップ力を得たリア・タイヤが、路面を鷲掴みにし、アクセルを戻しても敏感に反応し過ぎることはなく、挙動が安定している。つまり相反する操縦性を兼ね備えている。

またブレーキも凄い。効きはもちろんだが、何時間もサーキットを攻め続けながら、フェードしないのだから。

過去、フェラーリのロード・モデルは素晴らしいスタイリング、エンジンそして操作フィーリングや乗り心地で多くの人を魅了してきた。それに比べて、一般的には見えにくい限界領域の操縦性に関しては、同じ程度の素晴らしさを身に付けているとは言い難かったように思える。

F355のセールス・ポイントはたくさんある。電子制御ダンパーやベンチュリー効果を狙ったフロア下面。新採用の6速ミッション。パワー・アップしたエンジン、18インチ・ホイールなどなど。

しかしF355で本当に凄いとボクが思ったのは、攻め込んで初めて分かる部分、逆に言えば、限界領域に踏み込まなければ分からない部分まできっちりとつくり上げている点だ。
そこにフェラーリのロード・モデルにかける意気込みをボクは感じたのだ。フェラーリは本気だ!