フェラーリF40で全日本GTへ! チーム・タイサン参戦秘話と「走る芸術品」の真価

  • 太田哲也
2026.02.08

FERRARIと太田哲也

かつて「日本一のフェラーリ遣い」と呼ばれた太田哲也が、1993年から1997年にかけて試乗した数々の貴重な跳ね馬のインプレッションと、当時のレースシーンをそのままにお届けします。
今回は、太田哲也とフェラーリが出会ったきっかけを、数回に分けてお送りするレポートの3回目。F40での参戦記とフェラーリを対象としたドライビングスクールの講師体験を語ります。

タイサン・フェラーリF40で全日本GT選手権に出場

日本の耐久レースで活躍するプライベート・チームの雄、チーム・タイサン監督の千葉泰常氏はロンドン出張の際、宿をバークレイ・ホテルに決めていた。アイルトン・セナも定宿としていたこのホテルは、規模は大きくないが、凝った調度品と行き届いたサービスを誇る高級ホテルである。

ボクがル・マンで乗ったフェラーリ348LMのオーナーは、ステファノ・セバスチャーニというイタリア人で、偶然にもこのホテルの支配人でもあった。

千葉氏が1994年の全日本GT選手権を前に、フェラーリでの参戦話をステファノに持ち掛けると、それならば日本には太田がいるではないかと彼から示唆され、奇しくも再びイギリス経由で僕のところに話が持ち込まれることになる。

この時、時を同じくして街乗り用にF40を購入しようとしていた千葉氏から試乗を依頼されたボクは、パッセンジャー・シートの千葉氏とF40で都内を巡った。

F40は凄い。異次元の世界へ誘うエキサイティングなターボ・パワー。ほとんどロールすることなく安定したコーナリング。効き自体の強烈さはもちろんだが、コントロール性も高いブレーキ。何から何まで普通のスポーツカーとは次元が違う。乗る度に興奮する。いや、興奮したのはボクだけではなかった。

「素晴らしい! 街乗りにしておくには、あまりにももったいない。これで(レースに)出よう!」

史上初めてのフェラーリの日本レースへの通年参戦は、この千葉氏の一言が始まりだった。

ロード用のF40をレーシング・カーに仕立てる作業は日本で行われた。公開練習に何とか間にあったマシンは、100%の仕上がりにはほど遠い状態で、レース中に2速を失い、ブレーキはフェードして効かず、満身創痍でのゴールだったが、それでもボクらは3位で表彰台に上がる。準備のままならなかったデビュー戦としては、最高の結果だったと言えるだろう。その後マシンはどんどん改良が重ねられ、信頼性も上がってくる。第3戦ではポルシェ962に続いて予選2位を獲得し、決勝レースでは、開幕から3連続表彰台をゲット、全日本GTレースにおいてフェラーリF40はなくてはならない存在になったことをアピールしたのである。

フェラーリ・チャレンジ・レーシング・スクールの講師を務める

街で見掛けるフェラーリは、ハッとするほど存在感がある。そして大抵、オーナーに大切に扱われていることを物語るかのようにピカピカに磨き込まれ、近寄り難い高級車然としたオーラをあたりにふりまいている。それはそれで素敵だが、ムジェロで出会ったフェラーリ達は、全く違うフェラーリだった。

取材で立ち寄ったイタリア中部、トスカーナの丘陵地帯に広がる国際サーキット、ムジェロ。フェラーリのお膝元らしく、黄色と赤で彩りされた華やかなパドックには、シリーズを戦って来たヨーロッパ各国の代表54台の348チャレンジが集結。チャレンジ・レースの最終戦が雨の中でスタートする。激しい水煙を巻き上げながらストレートを駆け抜け、猛然とコーナーでテールを振りだす。スピン。コースアウト。クラッシュするクルマが続出。だが、各車一歩も譲らない。

汚れ、そして傷つきながらも闘うフェラーリは、今までのボクのイメージにあった高級車然としたものではなく、水を得た魚のようにサーキットを舞う、まことなきスポーツカーだった。

「フェラーリは飾り物じゃない。走る姿こそ相応しい」

闘うフェラーリの美しさにボクは見入っていた。

教えることは教わること

1993年からヨーロッパ各地で始まったフェラーリ・チャレンジは、アマチュア・レーサーを対象としたフェラーリのワンメイクレースである。

フェラーリ348(やF355)をベースにロールケージやバケットシートなど、レースに必要な最低限の安全部品を組み込み、エンジンやトランスミッションは基本的にノーマルでイコールコンディション化が図られている。

94年からアメリカでも始まり、そしてついに日本でもシリーズ戦が開催されることになった。

日本でのレースはフェラーリ本社のバックアップの下、フェラーリ日本総代理店のコーンズとフェラーリ・クラブ・オブ・ジャパン(FCJ)によりオーガナイズされる。チャレンジ・レースの趣旨は、「フェラーリ・オーナーのドライビング技術向上とドライビング・モラルの向上」にあって、それをよりよく実現するためにはドライビング・スクールの実施が不可欠だということになり、それならばフェラーリでレースに出ている太田が講師には適任だろうと言うことで、ボクがスクールの講師を務めることとなった。

講師としてのボクの仕事は、フェラーリ独特のドライビング・テクニックや各サーキットの走り方などを講義したり、実際に選手をボクのパッセンジャー・シートに乗せてコースのライン取りや走り方を生で見てもらったり、基本セッティングを出すためにテスト走行をしたりすることだ。

レーシング・テクニックを教えるというのは、意外と難しい。仮に「第1コーナーは、150m看板でブレーキを始めて、50mでステアリングを切る」と教えたところで、ブレーキの踏み方は各自違うはずだし、ステアリングだってどのくらい切れば良いか、正確に伝えるのは困難だ。自分で実際に運転しているときは目で見る景色の動きと体で感じる前後左右にかかるG(重力加速度)の変化を頼りにステアリングを切ったりアクセルを踏んだりして操作を行っているわけなのだが、それを他人に伝えるとなると、いったん、言葉に置き換えて説明しなければならない。

さらに難しくしているのは、レースはどうしても、上手い人とそうでない人とのレベルの差が出ることだ。特にレース経験者とレース初心者(たとえ公道ではベテランであっても)の差は果てしなく大きい。しかしあまりに差が大きいとレースが成り立たないし、遅い人のやる気も失せてしまうのはやはりまずいから、出場選手の平準化というか、遅い選手をどのように上達させるか、ということが重要課題となる。

スポーツは習うより慣れろ、という格言がある。が、レースに関しては、この格言は適当ではないとボクは思う。例えばこれがゴルフなら、一か八かというトライをして失敗したとしても、せいぜいボールが池に落ちる程度の被害で済むが、レースとなると、特にFISCOのストレートで270km/hも出るフェラーリでレースをやるとなると、闇雲にトライすることは大怪我をすることになりかねない。レースで安全に上達するには、すべきこと、してはいけないことをあらかじめ知っておいてから、少しずつ攻めて行くことが大切だ。しかし人それぞれ性格や技術レベルに個人差があるから、同じことを説明したのに、ある人にはプラスになることも、ある人にはマイナスになってしまうケースが出てくる。例えばブレーキングはコーナーの手前まで我慢して、ロックぎりぎりのブレーキングを行う、などとドライビング理論書にあるようなことを話すと、必ずオーバーランしてコースアウトしてしまう人が出てくる。もっとも有効なのはその選手の現在の運転レベルと性格をよく把握した上で、個別にアドバイスを行うことだが、選手全員を把握するのは結構、大変だ。でもそれしかないとボクは思っている。

それにしても、どうやったら理解してもらえるかと始終考えていると、自分自身、知らず知らずのうちに以前よりも理論的にドライビングを考えるようになってきたようだ。早いもので講師を務めて3年目。教えることは自分のためにもなるし、教えることは教わることだ、と最近になって思うようになった。

そして、選手のレベルが上がり、嬉しそうに「ありがとう」なんて言われた日には、何よりも講師冥利に尽きるというものだ。涙が出るほど嬉しくなる。実際に出場選手の腕は1年で驚くほど進歩する。サーキットにもよるけれど、大体、全くの初心者で10秒、経験者でも軽く5秒くらいはアップしているのだ。

ところで、ヨーロッパではクラブマン・レースがとても盛んだ。日本もレースは盛んだが、それはプロが出場するレースとプロを目指すレースに限定されているような気がする。アマチュアを対象としたワンメイクレースであっても、「勝つこと至上主義」がはびこり、「速い人が偉い」とする風潮が見受けられる。それに比べてエンジョイすることを堂々と大上段上に掲げているレースは少ない。底辺レースであっても、勝つためだけにレースをやっている人が圧倒的なようだ。でも、例えば、ゴルフのように、勝つことだけでなく、みんなでエンジョイすることを目的として、レースをやったっていいじゃないか、プロじゃないんだから楽しんだ方が得じゃないか、と思ったりもする。もちろんエンジョイする前提として「安全に」が最優先だし、そのためには技術の上達も不可欠だ。エンジョイした上で勝ちを狙うのはいいが、勝てなくたってレースは本来楽しいはずだし、ヨーロッパのクラブマンレースにはそういう雰囲気がある。日本でもゴルフのように、年配の紳士がどんどんレースに参加できる土壌ができたら素敵だとボクは思うのだが。フェラーリ・チャレンジ・レースはそういうレースの草分けとなって欲しいし、ボクら運営側(チャレンジ・コミティ)もそのためにいろいろな努力をしなければいけないと思っている。

フェラーリがレースに出て、フェラーリ=スポーツカーのイメージがもっともっと浸透することで、レースまではやらないにしても、サーキットを走ったりするフェラーリ・オーナーが増えてくれたらな、と思う。自分ひっとりで楽しまないで、フェラーリが走る美しい姿をみんなに見せて欲しい。

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