第3回:BYDシーライオン、世界を泳ぐ 〜欧州・アジア・北米への布石〜

2025.04.29

■ はじめに

BYD シーライオンが持つ製品としての完成度は、第1回・第2回で詳しく見てきた通りだ。しかし、それだけではグローバル市場で成功できない。重要なのは、どの市場に、どのような戦略で展開するかである。

第3回では、BYDがこのシーライオンを通じて狙うマーケット、販売戦略、そして世界的な電動化潮流への対応について掘り下げていこう。


■ 欧州:プレミアムSUV市場への殴り込み

2024年春、BYDは欧州でのシーライオン販売を開始。ターゲットは明確だ。BMW iX3、テスラModel Y、アウディQ4 e-tronといったDセグメントEV SUVを射程に入れている。

欧州ではCO₂排出規制が年々厳格化され、EV普及が急加速している。その中でBYDは、以下のような強みを武器に攻勢を仕掛けている:

  • 競合を下回る価格設定(補助金込みで40,000〜50,000ユーロ台を想定)

  • 上質な内装と質感(欧州好みの落ち着いたトーンと仕立て)

  • 安全性評価で高スコア取得予定(ユーロNCAP対応)

さらに、現地ディーラー網の拡充にも注力。2025年までに欧州内で150店舗以上の正規代理店網を構築するとしている。


■ アジア:日本市場参入へのステップ

BYDはすでに「ドルフィン」や「ATTO 3(元Plus)」を日本市場に投入しているが、シーライオンの登場により、ラインナップの“厚み”が一気に増す。

特に日本においては、次の2点が注目される:

  • トヨタ・ハリアーや日産アリアを強く意識した仕様

  • 日本向け専用チューニング(足まわり・ADAS・ナビUIなど)

また、日本の都市部ユーザーに向けては、“高級感ある静粛なEV SUV”という訴求が刺さる可能性がある。2025年中頃にも日本仕様の導入が検討されており、価格は500万円台が有力と見られる。


■ 北米市場:高級EV SUVの本場へ

BYDは現在、北米市場への乗用車展開は限定的だが、シーライオンは「BYD USA再上陸」の切り札とされている。

北米の消費者は以下の要素を重視する:

  • トルクフルな加速性能

  • 室内空間の広さ(特に後席とラゲッジ)

  • テクノロジー重視のインターフェース

これに対し、シーライオンは余裕あるボディサイズ(全長約4.9m)、0-100km/h 4秒台の動力性能、そして先進UIを兼ね備えており、Model Yと真っ向勝負可能な仕様だ。

懸念点は「ブランド認知度」だが、BYDは商用EVバス分野ではすでに全米展開を果たしており、B2Bベースでの下地は整っている。乗用車にもこれを応用して展開する戦略が進行中だ。


■ ブランド戦略と価格設定の妙

BYDは、価格を下げることなく、コストパフォーマンスを強調する絶妙な価格設定を採っている。これは、単なる「安い中国車」ではなく、“プレミアムEVのオルタナティブ”としてのブランドポジションを狙っているからだ。

実際、欧州や日本のディーラー現場では「テスラより質感が高い」「プレミアム感ではヒュンダイIONIQより上」といった評価が上がってきている。


■ 総括:シーライオンはBYDの“外交官”である

BYDシーライオンは、単なる1台のSUVではなく、BYDブランドが世界を制するための「外交官」的存在だ。マーケットごとの最適化と、製品としての完成度の両立。この難題に挑んだBYDの姿勢からは、EV業界のリーダーとしての自負すら感じられる。

次回はいよいよ「実際のユーザー評価と市場反応」について。試乗インプレッション、メディアレビュー、納車後の評価など、現場のリアルな声にフォーカスしていく。


連載目次

第1回:BYDシーライオン誕生

〜SUV市場を揺るがす“電動の海獣”〜

EVとSUVの交差点で生まれた新シリーズ「海洋ファミリー」。シーライオンが誕生した背景と、そこに込められたBYDの狙いとは?


第2回:テクノロジーで泳ぎ切れ

〜eプラットフォーム3.0とブレードバッテリーの真価〜

専用EVアーキテクチャと最新の電池技術がもたらす、快適性・安全性・パフォーマンスの全貌を解説。


第3回:世界を泳ぐ

〜欧州・アジア・北米への布石と市場戦略〜

シーライオンが挑むのはテスラでもトヨタでもない。“グローバルSUV市場”という大海だった。その戦略と地域別展開を追う。


第4回:海の向こうの“声”を聴け

〜オーナーとメディアが語る実力〜

実際に乗った人はどう感じたのか? 中国・欧州を中心に寄せられたユーザーレビューと試乗記から、評価のリアルを読み解く。


第5回:シーライオンの波紋

〜BYDの次なる野望とEV市場の行方〜

このSUVが業界にもたらすインパクトとは? ポスト・テスラ時代の鍵を握るのは、中国発のこの“海獣”かもしれない。