「自分でも知らない太田哲也を知った」映画『クラッシュ』を28年後に見直して【パート2】

  • 高桑秀典
2026.10.26

YouTubeで期間限定公開中の『クラッシュ』

1998年5月3日、雨の富士スピードウェイで発生したレース中の事故から奇跡的に生還した太田哲也さん。その事故後の5年間を追ったドキュメンタリー映画『クラッシュ』(2003年公開)が、現在、YouTubeで期間限定無料配信されている。

事故で負った大火傷の治療や、過酷なリハビリ。家族やレーシングチームのメンバーに支えられながら、太田さんが長く苦しい闘病生活を乗り越えていく姿が映像に残されている。配信を見た人からは、太田さんの精神力や家族の絆に共感し、感動したという声も寄せられている。

事故から28年。改めて映画を見直した太田さんは、映像に何を感じたのか。今回は、復帰レースにつながる人々との縁や、映画ならではの表現、そして事故を通して知った人生の意味について聞いた。

映画『クラッシュ』https://www.youtube.com/watch?v=UuMelY70N7I

復帰レースでつながった過去と現在

――『クラッシュ』を観たら、懐かしい顔がたくさん登場していました。現在、TEZZOの工場長も出演していましたね。

太田:あの復帰レースのときは、アルファロメオのインポーターが協力してくれました。全日本GT選手権でうちのチーム監督を務めていた兼子 眞さんが、アルファロメオチャレンジへの参戦についても、いろいろと段取りしてくれました。

兼子さんがチーフメカニックとして連れてきたのが、いまTEZZOで工場長をやってくれている小暮くんでした。

――太田さんがアルファロメオチャレンジへの参戦を始めたのは、約20年前のことですね。

太田:そう、20年経ちましたが、あれからずっと流れは続いている。過去と未来がつながっていますね。多くの人に支えられたなあと思いました。

いま『クラッシュ』を俯瞰して観て、映画としても面白いと思いました。最初に観た特別試写会のときは、登場人物に対する説明がないので「あれ? これでいいのかな?」と思っていました。でも、逆にそれが自然だと思いました。映像に時おり入っていた心象風景にも、それぞれの人の心の内側が表れていました。

説明しすぎない映像が伝えるもの

――たしかに、心象風景が効果的に入っていました。

太田:小学校の運動会のシーンにおける息子の落ち着きがない様子や、僕の膝の上でおどける娘の表情などから、心の奥底にある感情がにじみ出ていて、映像の力を感じました。

いまの多くの映像はテロップなどで、たくさん状況が説明されます。でも『クラッシュ』は、細かく説明されなくても、登場人物の感情が表に出てきていました。

――心象風景の使い方などに、奥山和由監督の作風を感じますよね。

太田:幻冬舎から書籍『クラッシュ 絶望を希望に変える瞬間(とき)』を出版したときにも、何千という読者からハガキをもらいました。読み手のそれぞれの悩みが打ち明けられていて、共感しました。

いま無料配信されているドキュメンタリーの映画『クラッシュ』を観て、視聴者がどのように思ったのかを知りたいですね。

――きっと、皆さん、自分の人生と照らし合わせて、大いに共感する部分があると思います。

太田:自分自身についても、「いろいろと方向性を迷っていたんだなあ」と映像を見て思いました。興味深かったですね。

自分でも忘れていた太田哲也を認知することになりました。当時の葛藤によって、人間の可能性や人生の意味を知ったといえるかもしれません。

映像を観て、人生ってこうなんだ、人間ってこうなんだ、本当の自分はこうかもしれない、と思ってもらえたら嬉しいです。

――ありがとうございます。この続きはインタビューのパート3でお届けします。

(続く)

▽映画『クラッシュ』を観た太田さんのインタビューのパート1はこちら
「本当はレースに戻る気はなかった」太田哲也が28年後に語る映画『クラッシュ』の真意