ドキュメンタリー映画『クラッシュ』が期間限定公開

1998年5月3日、雨の富士スピードウェイで発生したレース中の事故から、奇跡的に生還した太田哲也。
その事故後の5年間を記録したドキュメンタリー映画『クラッシュ』(2003年公開)が、現在、YouTubeで期間限定無料公開されている。
治療やリハビリ、家族との時間、そしてサーキットへの復帰。映画には、事故後の太田の姿が記録されている。
公開から23年。改めて映画を見直した太田に、奥山和由監督の作品に込めた思いや、レース復帰をめぐる当時の心境について聞いた。
映画『クラッシュ』https://www.youtube.com/watch?v=UuMelY70N7I
奥山監督の美学が作品に表れている
――奥山和由さんが監督を務め、音楽は千住明さんが担当した映画『クラッシュ』。今回、改めて見直してみて、どんなことを感じましたか。
太田:テレビ朝日の佐々木プロデューサーが、4年にわたって膨大な映像を撮影していました。それを奥山さんが一本の映画にまとめたわけです。
今、改めて視聴者の目線で俯瞰して観てみると、見事に奥山さんの美学が入っていると感じました。
以前、奥山さんは松竹の専務でしたが、1998年1月に父親の奥山融社長と共に解任され、チーム・オクヤマを設立しました。
僕が事故に遭ったのは、その直後です。奥山さんは、自分が会社を追われ、映画界で再出発することになった境遇と、事故から生還した僕の姿を重ね合わせていたのだと思います。幻冬舎から出した僕の著書『クラッシュ』を通して、連絡を取ってきました。
――奥山さんの美学とは、具体的にどのようなものだったのでしょうか。
太田:チーム・オクヤマが最初に手がけた作品が、カンボジアで戦場を撮り続けたフリージャーナリスト、一ノ瀬泰造を描いた『地雷を踏んだらサヨウナラ』です。
銃弾が飛び交う状況で撮影を続ける。ツラくてイヤでヤリたくないんだけど、やらざるを得ないからやる……。そういうところに、奥山さんの美学があるのだと思います。
「覚悟の美学」とレース復帰

――その美学は、『クラッシュ』のエンディングにも表れているのでしょうか。
太田:奥山さんは、僕がレースに復帰することで「覚悟の美学」が宿ると思い、僕にレースをやらせたかったのだと思います。ただ、当時の僕自身には、レースに復帰する覚悟はありませんでした。
奥山さんが美輪明宏さんを紹介してくれたことがありました。僕と話した後、美輪さんが奥山さんに「太田さんはレースに戻るわよ」と言ったそうです。
それは、美輪さんの生と死に対する考え方から出た言葉だったのかもしれません。ただ、奥山さんの思いを汲んだうえでの言葉でもあったのかな、とも思います。
――奥山さん自身も映画界で挫折を経験し、そこから再出発。だからこそ、事故から生還した太田さんの姿に自分自身を重ね、レース復帰に自らの再起への思いを託したのかもしれませんね。太田さんも、そうした奥山さんの思いに共感するところがあったのでしょうか。
太田:そう、だから映画『クラッシュ』のエンディングは奥山さんの願いどおりになっている。僕は彼に乗せられてしまったのかな(笑い)。
映画のエンディングに込められたもの

映画『クラッシュ』は、事故から生還したレーサーの記録であると同時に、ひとりの人間が再び前へ進むまでの時間を映した作品でもある。
奥山監督は、自らの再起と太田のレース復帰を重ね合わせていたのかもしれない。そして、その思いが映画のエンディングに結実した。
一方、太田自身は、当時からレース復帰を望んでいたわけではなかった。
その食い違いこそが、映画『クラッシュ』を改めて見直すうえで興味深い点なのではないだろうか。
(続く)












